お相手:蜂楽廻
都内遊園地の入り口にて私は待機させられていた。主に私の眼鏡と服に付けられたマイクで撮影を行う予定だが周囲にも遠巻きに撮影してくれているスタッフはいる。そのため、少し緊張していた。
「お待たせー!」
手を擦り合わせながら待っていればこちらへと駆けてくる影が一つ。撮影のトップバッターである蜂楽だった。
「廻!」
打ち合わせ通りに下の名前を呼ぶ。この後の流れについては完全に向こうに任せているので分からない。ただ、スタッフと連絡が取れるイヤホンを付けているため何かあれば向こうから指示が飛んでくるだろう。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「ううん。全然大丈夫だよ」
実際の映像で私の声は流れないがとりあえず無難な言葉を返しておく。そして改めて蜂楽のデート服を見てみれば中々にかっこよかった。
白地のシャツに腕に黄色のラインが入った黒のジャケット、九分丈の黒のジョガーパンツに蛍光色の靴紐が結ばれたスニーカーを合わせていた。チラリと見える足首には先日のロケで買ったと言っていたミサンガが結ばれている。
いつもは蜂楽のキャラ的にサロペットや派手な色のパーカーを割り当てられることが多いが今回は黒が多いからか男らしく見える。そして蜂楽の担当カラーである黄色をところどころに差し込んでいる点もポイントが高い。
「実は外の売店でこれを買ってたから遅くなっちゃったんだ」
「?」
「じゃんっ!」
見た人が自己投影できるような振る舞いをしてくれと事前に指示を受けていたため小首を傾げる動作をする。すると蜂楽は背中に隠し持っていたものを私の前に広げて見せた。それはこの遊園地のマスコットキャラクターであるネコ耳のカチューシャだった。
「わっかわいい!」
「でしょ?こっちのリボンがついてる方がキミのね」
ほいっ!という掛け声とともに蜂楽の手によりカチューシャが付けられる。そして乱れた髪を直すように私の頭を撫でながら顔を覗き込んでにこりと笑った。
「すっごく似合ってる!かわいい!」
ち、近い…!これは想像以上に距離が近いぞ。おそらく本人はカメラである眼鏡に向かって距離を測っていると思うのだが、それはつまり私の顔とも距離が近いということ。今日ってもしかしてこんなことがずっと続くの?心臓が持ちそうにないんだけど。
「あ、ありがとう!」
「よしっ俺も装着完了っと!じゃあ今日はめいっぱい楽しみますか!」
「うん!」
差し出された手に手を重ねる。そうすれば蜂楽が元気いっぱいに駆け出した。
「乗るものは決めてるの?」
イヤホンを通じてスタッフさんから指示があったので言われた通りに蜂楽に質問してみる。すると蜂楽はこちらを見ながら頷き、そして見えてきたアトラクションを紹介するようにバッと片腕を伸ばした。
「俺が乗りたいのはー……これです!」
サーカスのテントのような屋根の下には馬や馬車を催した乗り物が円形に並べられている。おお、メリーゴーランドとはずいぶんと懐かしい。最近はめっきりと遊園地に来なくなったのもあるがこれに乗るのは小学生ぶりな気がする。
「いいね!」
「キミならそう言ってくれると思った。それでは舞踏会に参りましょうか、お姫様」
蜂楽が柄にもなくそんなことを言うものだから撮影を忘れて思わず吹き出してしまった。らしくない。らしくないけど、彼女にだけ見せるギャップと考えればこれは中々にいい姿を撮れたのではないだろうか。
「馬と馬車があるけどどっちに乗りたい?」
馬は一人乗り、馬車の場合は二人乗りである。ここはカップルらしく馬車を選んだ方がいいのだろうか。しかしスタッフからの指示もあり馬の方を選んだ。
「足元大丈夫?まずはここに手を掛けてみて」
久しぶりに乗るのも相まって悪戦苦闘していればすぐに蜂楽が来てくれて身体を支えてくれた。そして背中を押されようやく馬によじ登ることができた。私のカメラではその時の蜂楽の姿を収めることはできなかったが別の角度で撮っているカメラ映像でいい感じに補完してくれることだろう。
「それでは皆さま、いってらっしゃい!」
遊園地のスタッフさんの掛け声とともにゆっくりと土台が回転していく。それと同時に乗っている馬も上下に動き出した。意外とスピードあるな。外の景色が次々と流れていく。しかし私は役目をこなすため馬に乗りながらも蜂楽のあどけない笑顔をばっちりと収めていた。
「メリーゴーランド好きなんだね」
その表情を見ていたら思わず本音が零れ落ちてしまった。
やばっ今の発言余計だったかな。聞こえていなければいいんだけど……
「うん。昔からこの乗り物が好きなんだ」
しかし私の不安を取り除くように蜂楽は言葉ごと包み込んで微笑んだ。そしてどこか遠くを見るように瞳を外の景色へと向けた。
「ここから景色を見てるとさ、自分中心に世界が回ってるって思えない?それでこのまま乗ってればいずれは本当に自分が世界の中心になれるんじゃないかって本気で思ってたんだよね」
蜂楽は感性が鋭くメンバー内でも天真爛漫キャラとして定着している。面白いことを見つけるのが上手で考えるより先に行動に移すことができる。それと同時に彼の瞳には私とは違った世界が見えてるのだと思う時がある。
「でもいつしか俺の知っている世界はすっごく小さいんだって気づいたんだ。自分は世界の中心なんかじゃなくって安全な場所からただ傍観してただけなんだって。それからかな、自分を表現するコトでみんなに自分を見てほしいって思ったのは」
確か蜂楽のお母さんは有名な芸術家だったか。その影響もきっとあるのだろう。
「だから廻はアイドルになろうって思ったの?」
「そうだね。でも注目されたいっていうよりは見てくれる人たちの心の真ん中にいたかったのかも」
「心の真ん中?」
「うん!だってそうすればその人が辛いときや悲しいときに俺の存在が心の支えになるかもしれないでしょ?それってすっごく素敵なコトじゃない?」
蜂楽の言っていることは正直半分も理解できていない。でも誰かのために何かをしたくて、それでアイドルという仕事を選んで今の彼があることは分かった。その考え方こそがとても素敵なことだと思う。
「そうだね。廻らしくて私はその考え方が好きだな」
「にゃははっありがと!」
メリーゴーランドの速度が徐々に落ちていきゆっくりと停止する。確か撮影はアトラクションを降りるところまでのはずだ。しかしここでまたも私に課題がなされた。
「降りられそう?」
メリーゴーランドは下の台座が回ると共に乗っている馬や馬車は上下に動く。そのため、私の馬が一番高い位置で止まってしまったため一人で降りられなくなってしまったのだ。
「ごめん、手を貸してもらっても……」
「じゃあはい!どんとこーい!」
まぁこれはこれで美味しい画が撮れそうだなとすぐに仕事脳に切り替えたのだが、蜂楽は手を貸すどころがその場で腕を広げて見せた。え、なに?コウモリのモノマネ?
「えーっと……」
「俺がキャッチするから飛び降りてきて」
は?マジで言ってんの?!いや無理だって!高さと言えば精々一.五メートルくらいだけど飛び降りるとなると相当だぞ?普段、運動なんてやらない人間からしたら怖すぎる。あとそれなりに体重もあるし……
「むりむりむり!」
「大丈夫大丈夫!しっかり受け止めるから!」
首を左右に全力で振るも蜂楽は屈託のない笑顔で腕を広げたままである。そして私のイヤホンからは「いけ!」「飛び込め!」とスタッフの言葉が飛んできていた。彼らは取れ高に命を賭けているため私の心境などはお構いなしである。
「わかった……っ、あ!」
もうこれは腹を括って行くしかない。しかし馬から降りる時、片側の足がその背に引っかかってしまった。そうなってしまえば当然バランスを崩してしまうわけで。だから蜂楽がいる位置よりも手前にダイブするような形になった。
「よっと!」
おわった……と頭から落ちる覚悟を決めたところで柔らかいものに身を包まれた。
「ナイスキャッチ〜!」
蜂楽の声が耳元で聞こえて受け止めてもらえたのだとわかる。視界の端に黒と黄色の毛先が見えたことから本当にナイスキャッチだったのだろう。現に私の足先は今も浮いている。
「あ、ありがとう…」
ようやっと地面に足がつき産まれたての子鹿状態で立つ。
それにしても蜂楽が意外にも筋肉質で驚いた。確かにメンバー内でも一番ダンスは上手いしバク転もバク宙もお手のものだけど人ひとり抱えられるだけの体感と胸板がすごい。そういえばバク転のときにチラリと見える腹筋はバキバキに割れてたしな。國神がいるからその影に隠れがちだけど身体はかなり鍛えられている。
「ふふっ」
一連の流れを思い出しながら赤面していれば蜂楽が楽しげに笑っていた。
「なに?」
「んーん、偶にはキミから抱き付かれるのも悪くないなって思ってさ」
お、お前……どこでそんな台詞覚えたんや…?!ああ、そっか台本か!たぶんそれぞれに配られてるんだろうし。それにしてもやっぱりこの役の適任は私じゃなかったよ。だって一々顔に出ちゃうもの。
「あ……う、ぐぬ…!」
「なにその顔?」
「にやけそうになる顔を必死に抑えてる」
「あははっじゃあもっと照れさせちゃお!ほら次行くよ〜!」
当たり前のように手を取ってメリーゴーランドから降りる。
そこで「カット!」の声を掛けられ蜂楽との撮影は終わりとなった。
◇
「マネージャー、撮影お疲れ〜!」
スタッフたちが私の眼鏡で撮った画を確認している間、しばしの休憩をもらう。端の方で水を飲んでいればその姿を見つけた蜂楽が走ってやってきた。
「蜂楽もお疲れ様。それとさ、撮影の時にあんまり上手い返しができなくてごめんね」
「えー?全然そんなコトなかったよ!俺はマネージャーとデートできて楽しかったし!」
それはそれであんまり意味がないような気がするんだけど……まぁ相手役に満足してもらえたなら及第点か。あとはスタッフからのダメ出しさえなければこのまま次の撮影に映れる。
「私も楽しかったよ。撮影のこと忘れて普通に楽しんじゃったし」
「ほんと?じゃあさじゃあさ、今度本当に二人で遊園地に行かない?」
確かにそれも楽しそうかも。でも蜂楽は有名人だからそんなところで見つかったら大変なことになる。それともう一つ、私には彼と同じテンションで丸一日楽しめる体力がない。休みの日は基本的に家から出ないインドア派の人間だからなぁ。
「私じゃ蜂楽の体力についていけないよ。他のメンバーと一緒に楽しんできて」
「それもいいケド……俺はマネージャーと行きたいの!」
不意に映像を確認していた現場監督から名前が呼ばれた。視線を向ければ両腕で大きな丸を作っていた。映像の方は問題なかったのだろう。となると、私も次の場所に移動しなければならない。
「ありがとう、その気持ちだけもらっとくね。じゃあお疲れ様でした」
個人撮影だから蜂楽もこの現場は上がりのはずだ。そのため再度同じ言葉を口にして私は次の場所へと移動した。
「ちぇっ本気だったのにさぁ」