凛を送り届け都内のコワーキングスペースへと向かう。ここはweb会議用の個室ブースもあるのでよく利用させてもらっている。
あらかじめ予約しておいた部屋に入り持ち込んだノートパソコンを起動させた。

『お疲れ様です〜!本日はお時間いただきありがとうございます!』

時間になり事前に送られてきたURLに飛べばweb会議が開始され朗らかな声に迎えられた。その女性はいま潔が出演している連ドラの脚本家だ。

「お疲れ様です。いつも潔がお世話になってます」
『それはこちらの台詞です!潔くんにはいつも現場を和ませてもらってますよ』
「そうなんですね。潔からも現場の皆さんにはよくして頂いていると伺っています」

建前的な挨拶を挟み潔の撮影中の様子を教えてもらう。どうやら他の役者からだけではなくスタッフたちからも可愛がられているようだ。さすがはネット上で行われた『あざとい芸能人ランキング』で多くの女性陣を押しのけ堂々一位に輝いただけある。
そして雑談もそこそこに脚本家の女性は咳ばらいを一つして本題を切り出した。

『それでですね、今私たちの方で潔くんの出演シーンを増やそうかという話が出ていまして』
「本当ですか?!」
『はい!監督が彼の演技をもっと見たいと言っていて、また主演の方も潔くんの出番を増やしてもいいんじゃないかと打診してくださったんですよ』

これはすごいことだ。番組の構成上、出番を減らさせるという話はよく聞くが今回はむしろ他のシーンを削ってまで潔を使いたいと言ってくれている。

「潔の予定はこちらで調整します。ぜひ使ってください!」
『ありがとうございます!では今後のスケジュールになりますが……』

それからトントン拍子に話が進み、会議は一時間ほどで終了した。向こう一ヵ月は潔にまともな休みはなさそうだがここが踏ん張りどころということで頑張ってもらいたい。

「社長と先輩にも報告して……これでよし」

二人にもメールで詳細を送りぐっと伸びをする。
時刻は十三時を過ぎた頃。次の予定にはまだ時間もあるしお昼も兼ねてしばしの休息時間である。私は荷物をまとめワーキングスペースを後にした。

外をぶらつきながら何を食べようか考える。アンリ先輩に紹介したからか辛いものを食べたいような。でも疲れているのか脳は甘いものを欲しているという矛盾。しかしここ最近の不健全な生活を考えると野菜を取っておいた方がいい気もする。

「おねーさん一人?俺と遊ばない?」

道ゆく先の食事処の看板を見ていれば後ろから声を掛けられた。こんな真っ昼間にナンパとは。どんだけ暇なんだ、この人。

「一人じゃないですよ。隣にいるじゃないですか」
「となり?」
「生まれた時からずっとそばにいるんですよ。私が落ち込んでる時は励ましてくれて嫌なことがあれば愚痴を聞いてくれて。たまに癇癪起こして部屋の蛍光灯割っちゃうんですけど優しい子なんですよね」

ズっ友であるイマジナリーフレンドを召喚しスピリチュアル女子を演じる。大抵の男はこれで引き下がる。それでもなお絡んでくる奴には壺を売りつけるトークをするのだが疲れるのでこの辺りで逃げていただきたいところ。

「ははっマネージャーのナンパ回避術独特すぎるっしょ!」

やべぇオモシレー女認定された……と思いきや振り返れば声を掛けてきた相手は玲王だった。黒のキャップに伊達メガネと黒マスクを付けているがこれだけ近ければすぐに分かる。というか何やってんの。

「びっくりした!っていうか何でここにいるの?!」
「いや、俺は今日オフだし。マネージャーこそ何やってんの?」

そうだ、玲王は二ヶ月ぶりの丸一日休みだった。そろそろ労基に引っ掛かると思い無理やり調整して休みを当てたのだった。まぁそれでも過剰労働に引っ掛かってはいるのだけれど。

「そこでちょっと仕事してたんだ。それでお昼食べようと思って出てきた」
「ならちょうどいいわ。俺も今から飯行こうと思ってたし一緒に食わね?」
「えっ?!」

いやいや、あなた芸能人でしょ。上手く変装は出来ているもののそのオーラは駄々洩れだ。現に道行く女性たちがチラチラこちらを見ているのが分かる。そこのOL二人組なんて玲王の顔を見たいのかこのあたりを三周はしていた。

「マネージャーは何食いたい?この辺なら結構店知ってるし案内できるぜ」
「お店はまずいでしょ!それにファンに見られたらどうするの?!」
「その辺りはぬかりねぇよ。それよりこの場に留まってる方がやばいンじゃね?」

本人も流石に周囲の視線には気づいているらしい。それと同時に私の腹の虫が鳴る。どちらも限界に達していたようだ。

「……バランスの取れた食事ができるところでお願いします」
「オーケー!腹の虫も満足できるとこ連れてくわ!」
「うぅ……」

玲王に揶揄われながらお店へと向かうことになった。



路地裏にある雑居ビルの一室。外看板もなければドアの前に暖簾も掛かっていなかったけれど中に入ればそこは確かに食事処だった。

「こんなところよく知ってたね」

注文を済ませて改めて個室を見回す。外観からは想像できないほど中は落ち着いていて和を感じさせるデザインになっていた。

「父さんの知り合いがやってる店なんだ。ネット上にも広告出してない店だけど味は保証するぜ」

玲王は総資産七千五十八億円を誇るあの御影コーポレーションの御曹司である。将来会社を継ぐために小さい頃から英才教育を受けてきたからか聡明で博識、運動神経もよく基本的なスポーツは何をやらせても人並み以上に出来る。おまけに顔立ちも整っておりそんな彼が私たちのような人間に声を掛けられるのも最早必然だった。

「玲王が言うなら間違いないね。この前の差し入れも美味しかったよ」

もちろん歌もダンスも完ぺきで、加えてコミュニケーション能力も高いものだからオーディション会場でも多くの人と交友を深めていた。玲王を見ては、本当に神に二物も三物も与えられた人間がいるのかと感心したものである。

「よかった。実は知り合いがケータリング事業始めたみたいでさ、あれは試作品」
「そうだったんだ。じゃあうちでもお願いできる?」

しかしそんな玲王にも悩みがあったらしい。何不自由なく育てられ、なんでも卒なくこなせる彼は大抵のモノは簡単に手に入れることができた。それ故の退屈に玲王は飽き飽きしていたのだ。

「もち!元からそのつもりで話しつけるつもりだった」
「うわっまんまと玲王の計画にハマった!」
「でも美味かったろ?それにサービス価格で割引も利かせるから悪い話じゃないぜ」

そんな折、彼に届いたブルーロックからの招待状。会場に来たのは面白半分だったらしいがそこで流したデモ映像に彼は心を奪われたらしい。スポットライトを浴び煌びやかな衣装を着て何万人もの人を一瞬にして熱狂の渦へと誘うアイドルに、彼は退屈と相反する激情を見たのだ。

「さすが抜かりないね。先輩にも確認とってみるよ」
「サンキュ!」

そして玲王は見事オーディションを勝ち抜きアイドルになった。因みに今でこそ玲王は家のことを世間に公表しているがオーディション時には一切言わなかったので忖度なしの結果である。そんな玲王はアイドルという枠にとらわれることなく、ニュース番組への出演だけでなくライブの演出にも携わっている。

「お待たせいたしました」

話に花を咲かせていたところで料理が運ばれてくる。盆の上には彩り豊かな野菜が小鉢で何品も乗せられていて美しい。感覚としてはお番菜に近いが魚の煮つけや刺身なんかもあり食事としてはかなり豪華だった。

「美味しそう!」
「気に入って貰えてよかった。早速食おうぜ」

久しぶりのまともな食事には大満足だった。結構なお値段はしそうであるがまぁ偶にの贅沢なら問題ないだろう。それにこのお店は今後も何かと使わせてもらうかもしれない。連れてきてくれた玲王には感謝しかなかった。

「伝票どこ?」
「それならもう済ませた」

もちろん玲王の分も払うつもりでいたのだが、なんと私がお手洗いを借りている内に精算してしまったらしい。

「えっ?!いや、それはダメだって!」

これでも月の残業時間がやばいので同い年の倍以上の給料は貰っていたりする。それでも玲王の足元には及ばないだろうけど。でも、ここは先に社会人になった身として奢りたいところ。

「別にいーよ。元はと言えば俺が誘ったワケだし」
「そうゆうわけには行かないよ。いくらだったの?」

お財布を開けながら玲王に視線を送る。そしたら玲王は少しだけ眉を歪ませ、でもすぐに息を吐き出したように笑った。

「じゃあ俺らの仕事もっと取ってきてよ。そしたら結果的に俺に還元されるだろ、それでチャラってコトで」

そうはいうがそれが私の仕事でもあるのだからそうはいかない。しかしなおも引き下がらない私に対して「俺の知り合いの店なんだから見栄張らせてよ」なんて今度は子どもっぽく言ってみせる。玲王は本当に口が上手い。だからここはお言葉に甘えてご馳走になった。

外に出て時間を確認すればちょうどいい時間だった。パーキングに車を取りに行き次の現場に向かえば約束の十分前に着ける。そして玲王もこの後用事があるらしくここで別れることになった。

「今日はありがとう。誰かと食事するのなんて久しぶりで楽しかった」
「少しはマネージャーの気分転換になったんならよかったわ」
「ふふっ偶然だけどあそこで玲王に会えてよかったよ」

私がそう言えば玲王が「あー…」と苦笑いをする。それから少し迷ってあの場にいた理由を話してくれた。

「実は凪から連絡があったんだよ。マネージャーが元気なさそうだから何とかしてやってくれって」
「えっ凪が?」
「うん。で、凪からマネージャーの今日のスケジュール聞いてあの時間ならワーキングスペースにいるんじゃないかと思って近辺で張ってたってワケ」

いつもは世話される側の凪がそこまで手を回してくれていたなんて。これも回り回ってみれば玲王の教育の賜物ではないだろうか。彼の成長をひしひしと感じつつ、しかし思いのほか大事になっていたことには申し訳なさが募る。

「もう大丈夫だよ、ありがとう。それと玲王にも迷惑かけてごめんね」
「迷惑なんかじゃねーよ。それに俺もマネージャーと食事できて楽しかったし!寧ろ役得だわ」

白い歯を見せて笑った玲王は実に爽やかだった。炭酸飲料のCMに起用できそうである。次はぜひその路線での露出を…——と仕事の話題は置いておき、改めて感謝の言葉を伝える。あとで凪にも連絡を入れておこう。

「おかげで午後の仕事も頑張れそう!玲王は良い休日を送ってね」
「ありがと。じゃあまたな」
「またね」

お腹も心も満たされた私は次の現場に向かうため、パーキングへと足を向けた。

(つづく)