國神のインタビューを終え、そのまま彼を送り届ける流れで事務所へと戻る。國神はそのまま上がってもよかったのだがダンスの練習をしたいということで私と一緒に戻ったのだ。
「練習熱心なのもいいけどあまり根詰めすぎないようにね」
「マネージャーもな」
「もー私のことはいいの」
小言を言えば小言で返され膨れっ面に。
國神は小さく笑ってそのままレッスン室の方へと歩いて行った。
「ただいま戻りました」
事務室に入り他の社員にも挨拶。もう定時すぎとあって残っている人は疎だった。
バッグの中に入れておいたミネラルウォーターを一口飲みノートパソコンを立ち上げる。溜まっていたメールに目を通していき必要なものには返信し、社長や先輩にも共有しておきたいものはクラウドの方に上げ簡潔に社内チャットで報告しておいた。
「ふぁ……」
仕事に区切りがついたところで大欠伸が一つ。時刻は十九時手前だ。もう上がってもいいができれば今日のうちに潔のスケジュールを調整してしまいたい。しかし一度気が抜けてしまえば集中力も欠くというもので軽く仮眠をとることにした。
…………この時の私は愚かだった。軽く仮眠を、と思っていたのに自分の机ではなく事務室内のソファに移動してしまったのだ。これに関してはもはや体が勝手に動いていたので今さら自分を責められない。そしてそのままソファに身を預け瞼を閉じたのだった。
「んー……」
「あっ起きた?」
海の底から浮上するように徐々に意識が戻ってくる。しかしまだ身体は起きたくないのか瞼は中々持ち上がらない。
「あれ?もしかしてまた寝た……?」
目を瞑ったまま寝やすいポジションを模索する。この枕、いつも家で使ってるやつよりは硬いな。でも高さはちょうどいい。そういえばうちの枕も長いこと使ってるし中の綿がもうダメになってきてるかもしれない。そろそろ替え時なのかも。
「いつも頑張ってくれてるもんなぁ」
私の頭を優しく撫でる感触。そういえば昔から寝かしつけの時はこういう風にお母さんが頭を撫ででくれたっけ。最近会いに行けてないけど元気かなぁ——って、お母さんがここにいるわけなくない……?
「うーん……ん?」
「おはようマネージャー」
頭に乗った手を払い除けるように仰向けに寝返れば真上には二つのブルーサファイアが瞬いていた。丸っこくてキラキラとした瞳をもつ少年は太陽のような笑顔を見せてくれる。その表情を見た瞬間、私の脳は一気に覚醒した。
「は?!えっ潔?!」
「あっ今はおはようじゃなくてこんばんはかな?」
視界に入った壁掛け時計を見ると二十一時を回っていた。やばい!寝過ぎた!!しかし、そんなことよりもこの状況が問題だと気付き慌てて上体を起こした。
「ごめん!!」
「俺は大丈夫。それよりもよく寝れた?」
「お陰様で……」
「ははっそれはよかった」
口元に手を当てるも涎は垂らしていなかったようで一安心。しかしまさか国民的アイドルに膝枕をしてもらう日が来るなんて。見た目よりも筋肉質で厚みのある太腿は寝心地ばつぐんだった。それにしても何故こんなことになったのか。
「あの、もしかして私寝ながら変なことしなかった?」
「変なコト?」
「だって潔の膝の上に寝てたし……」
「ああ!」
恐る恐る尋ねれば潔は笑って事の経緯を説明してくれた。
曰く、確認したいことがあり事務室に立ち寄ったところ寝ている私を発見。起こすのは悪いと思い隣に座って時間を潰していたところ私が倒れ込んできたと言う。そしてあれよあれよという間に身体は横になり潔の膝の上に収まったと。
「ほんっっとうに申し訳ありませんでした!!」
こうなるまでの経緯を聞き、私は靴を脱いでソファの上で正座をし頭を下げた。一歩間違えば事件だし社長に見られていた暁には自己管理がなってないだのとけちょんけちょんに説教をされていたに違いない。そして何より潔の時間を奪い大事な脚に負担をかけてしまったのだ。
「そんないいって!頭上げてよマネージャー!」
「大人としても恥ずかしいです」
「誰だってそうゆう時もあるって!それに俺らのためにいつも仕事頑張ってくれてんじゃん!責めるワケないって!」
ようやく顔を上げれば私を安心させるように微笑む。その柔らかな雰囲気に、潔の笑顔に癒されるファンが多いのも頷けた。
「寧ろマネージャーの寝顔見れたのも役得って感じだよ。マネージャーも女の子なんだなってなんか実感したし……って失礼だよな、ごめん!」
おお……そういうところだぞ潔世一。ちょいちょい思わせぶりな態度見せるから共演者のモデルとかアイドルが言い寄ってくるんだよ。毎度、トラブルになる前に止めに掛かるこちらの身にもなって欲しい。でも照れ臭そうに言われたその一言で私はようやく笑うことができた。
「潔はやさしいね。ありがとう」
「いやいや!俺は別に!」
「これからは気を付けるよ。それで、私に用事があったんだよね」
「そうだった!」
潔は自分のリュックから一冊の台本を取り出した。付箋が貼られ背にはくっきりと折り目がついたそれは今出演している連ドラの台本だ。
「ドラマで俺の出番が増えたんだ!マネージャーが色々と頑張ってくれたんだろ?」
早速彼本人の耳にも入っていたらしい。だから私は事実を伝えつつ、それは潔の実力で掴んだものだと話した。
「潔の演技が評価されたからこそだよ。私は何もしてない」
「でもスケジュール調整とかもあるだろ?それに演技だってマネージャーに勧められなかったらやらなかっただろうし……だから、ありがとうマネージャー」
どうやら潔は私にお礼を言いに来てくれたらしい。
アイドル業でも俳優業でも成果が出始めた頃、天狗になってもおかしくない時期であるのに周りに感謝を伝えられるのはすごいことだと思う。それは潔だけでなく他のメンバーにも言えること。だからこそ私は彼らを全力でサポートしていきたいと思うのだ。
「どういたしまして。じゃあこれからもたくさん仕事取ってくるから体力作りはしっかりしてね」
「え〜!いきなりスパルタ!」
泣き言を言いつつもその瞳は蒼く燃えている。温厚そうに見えて実は誰よりも闘争心が強く負けず嫌い。エゴイストという言葉がピッタリと当てはまるようなそんな男なのだ。
「新曲の振りもしっかり覚えてね!國神とのユニゾンも初だし喰われないようにしないと」
「はいはい、分かってますよー」
「あれー?潔もいる?!」
事務室の扉がガチャリと開き蜂楽が顔を出す。そしてその後ろから千切、凪、凛、玲王、國神も姿を現した。なんとBlue-Lockメンバー全員集合である。
「みんなまだ残ってたの?!」
「俺と蜂楽は朝から缶詰で練習してた」
「俺は玲王に誘われたから来た」
「今日はオフだったケド体動かしたくなったからな」
「コイツらに捕まったせいで帰るタイミング失った」
「もー凛ちゃんってば冷たいコト言わないでよ」
「俺も戻ってきて今まで練習してた」
なんとみんな練習熱心なのか。いくら若いとはいえ過度な練習は些か頂けない気もする。しかしその熱量と根性、また彼ら自身が互いにメンバーに負けたくないという気持ちがそうさせているのだ。メンバーは確かに仲間だが彼らにとってはライバルという表現がしっくりくるであろう。皆が自分が一番と疑わない。だからこそBlue-Lockにはリーダーがいない。
「で、なんで潔は練習もせずにマネージャーと仲良くやってるワケ?」
千切が潔の隣に腰を下ろしたと思ったらニヤついた表情で詰め寄っていた。ノリが完全に男子高校生である。潔の肩に肘を置きながら、オラオラといじめていた。
「そーゆーんじゃねぇって!」
「仲良くソファに座って絶対なんかあったろ?」
「マネージャー、潔に変なコトされなかった?」
「蜂楽まで揶揄うなっての!」
いけない。このままでは潔が弄られすぎて死んでしまう。だからこそ口を挟もうとしたのに唐突に膝に何かがのし掛かった。
「は?」
「おい凪!何やってんだよ!」
「だってもう疲れたし眠いからー」
私の許可など得ずに凪はソファに横たわり私の太腿を枕がわりに目を閉じた。そして目の前には呆れる玲王と舌打ちをする凛。
「おい白いの退け。俺が座れねぇだろーが」
「そこの椅子に座ればいいじゃん」
「あんな硬い事務椅子に座れるか」
小さな争いが生まれるが止めてくれる人はいなかった。玲王は玲王でレッスン室の鍵の返却をしていた國神のところへ逃げ、蜂楽は千切と一緒になって潔を揶揄っている。みんな自由すぎる。
「そういや新曲の振り大丈夫?今回のお前の相方はもう完全にマスターしてたぜ」
「マジで?!」
「潔なら大丈夫っしょ。ひゅーんくるくるぴょんってやるだけだし!」
「それならズギューンタンッスタタッて表現の方がしっくりこねぇ?」
「千切りんの例え独特だね」
「蜂楽に言われたかねぇよ」
「だーッ俺いまから練習してくるわ!」
この動物たちを家に帰らすにはどうすればいいかと考えていれば潔が俊敏に立ち上がった。かと思えば荷物を持って扉の方へと歩いていく。その様子を見て千切と蜂楽が顔を見合わせて笑った。
「なら俺も行こ!」
「俺もー!」
「玲王、鍵取ってくれ!」
「は?お前らマジで行くの?」
棚に戻した鍵を再び手に取り玲王は潔に向かって投げる。國神はもう一度ノートを開いて潔が鍵を借りた旨を記していた。
「今からやったって非効率的すぎんだろ」
「バテバテの凛は早く帰って寝ればいいだろ」
「あ?」
潔の安い挑発に乗り凛も扉へと向かっていく。そしておやすみを決め込んでいた凪も起き上がり「俺も行く」と緩い返事をした。そんな流れになってしまえばい玲王も國神も付き合うことになるのはもはや必然だった。
「ほら玲王も行こうよ」
「ったくしょうがねぇな」
「振りなら覚えたから分からないとこあれば俺に聞け」
「ありがとう國神!よしやるぞ!」
七人のエゴイストはバタバタと廊下を駆けていく。その光景を見ていた私は呆気に取られていた。これ以上の練習はさせたくないし、何より夜の練習は電気代が余計に掛かるためアンリ先輩からも控えるように言われている。
「もーしょうがないなぁ」
私如きに彼らを止めることができるのか。いや、止めなければ。何故なら私がみんなのマネージャーなのだから。
彼らに負けじと私も廊下を全速力で駆けて行った。