車に乗って都心から離れるように車を走らせていく。向かうは世田谷、ロケ終わりの國神を拾いそのまま事務所へ連れ帰ることになっている。
閑静な住宅街を抜けると景色は一気にのどかになる。東京都内といえど案外畑は多いもので今では現代人のオーガニック趣向に寄り添う形でシェア畑なんてものもある。一つの畑を区画で区切り各々が育てたい野菜を育てるのだ。
『目的地は二〇〇メートル先、左方向です』
ナビに従い車を走らせていくと目的地が見えてくる。そこはとある番組が借りている畑であり今日の國神のロケ現場である。
このロケはぜひ國神に!ということでオファーをもらったもの。しかも直々にその番組の主演である、なかがわきんに君からご指名があったのだ。
彼が持つ『開拓きんに君!』という三十分枠の深夜番組があるのだが今回ゲストとしてアイドル界のなかがわきんに君とも言われる國神にお声がかかった。その番組は名の通りショベルカーなどの重機は使わず、斧のみで森林を開拓したり農作物を育てたり小麦粉からラーメンを作るという筋肉がものをいう企画を行っている。
『このまま道沿いに四〇〇メートル。目的地は左側です』
ナビに従い車を走らせ番組所有の敷地内へと入っていく。そこにはロケバスがいつも通り停まっていたが先に目を引いたのは人の多さだった。今日はやけにギャラリーが多いな。
「ウチで取れたお野菜も持ってって!」
「いやさすがにこれ以上は……」
「なに言ってんのよ!若いんだからたくさん食べなさい!」
「ほら田中さんがおはぎと漬物も持ってきてくれたわよ!」
地元のご婦人方の真ん中に國神の姿を発見する。番組のことも知っており撮影スタッフにも良くしてくれる地域の方々だ。その光景を横目で見つつ馴染みのスタッフさんに挨拶に行く。
「こんにちは。いつもお世話になってます」
「あっお疲れ様です!國神くんのお迎えですか?」
「はい。ただ今は取り込み中ですかね…?」
私の反応にスタッフさんは困り顔で乾いた笑いを溢した。
「実は今日のロケ中に畑に掛けてあったシートが飛ばされるトラブルがありまして……」
確かに今日は風が強い。おまけに都心でもないここは平家が多くまた土地が開けていることもあって風は土を攫うように足元を駆けていた。
「ウチのとこだけじゃなくてここらの畑一帯のものが飛ばされたんですけどそれを國神くんとなかがわさんが拾い集めて貼り直しも手伝ったんですよね。そしたら近所の人に感謝されてあんなことに」
さらに聞けばなかがわさんの方は別の仕事ですでに上がられたらしく一人残された國神が囲まれることになったらしい。
國神は未だ差し入れを押し付けられながら、仕舞いには「ウチの孫娘を嫁にもらってくれ!」とまで詰められていた。さすがはグループ内のリア恋枠。先に親御さんをファンに付けるとはやるな。
「あっマネージャー!」
スタッフさんと一緒に微笑ましく見守っていたらついに國神がこちらに気付いた。そして両手いっぱいに野菜やらタッパーを抱えてこちらまでやってきた。さすがに地域の方々も仕事と分かると國神のことを呼び止めることはしなかった。
「お疲れ國神。今日はいつにも増してモテてたね」
「茶化すなよ。つーか来てたんなら声掛けてくれ……」
ダンス練習でも大抵息が上がらない國神が珍しく疲れた顔をしている。人の善意を無碍にできないところが國神のいいところである。
「このまま直でインタビュー場所のホテル行くつもりだけど大丈夫?」
スタッフさんと地域の方々に別れを告げ國神を車に乗せる。この後、國神には先日発売したトレーニング本に関する個人取材が入っている。その内容がかなり本格的でボディビルダー協会の目にも留まったからだ。
「おう。あのさマネージャー、もしよかったらこの野菜もらってくんねぇか?」
後部座席に座っている國神はバックミラーで見えるようにピーマンを持ち上げて見せた。他にもシートの上には青く水々しい野菜が積まれている。
「えっいいの?!最近、野菜高いから助かる〜!」
「ああ。俺は自炊とかしねぇしこのまま持って帰っても腐らしちまうから助かる」
私も一人暮らしのため一度に大量消費は難しいがそれでも小分けにして冷凍保存しておけばそれなりに保つだろう。今日の昼はバランスの取れた食事ができたとは言え継続しなければ美容も健康も保てない。
「煮物やお浸しもいいけどお酢に漬ければ一週間以上は保つからなぁそれか久しぶりに糠床でも解禁するか……」
「フッ……」
気付かないうちに口に出していたらしい。野菜の調理法についてブツブツと呟いていれば後ろから小さな笑いが聞こえた。そうだ、國神は基本的に移動中にイヤホンを付けるタイプでもないからうっかりしてた。
「ごめん、独り言だから気にしないで……」
「すまん、つい笑っちまった」
バックミラーで確認すれば國神は口元に手の甲を添えながら目の端を皺くちゃにして笑っていた。少年のようなあどけなさが残る笑い顔は可愛らしい。そしてその様子からも馬鹿にしているわけでないことはよく分かった。
咳払い一つした國神とミラー越しに目が合う。
「そういやデビューしたての頃にマネージャーが作ってくれた豚汁美味かったわ」
「あーあったねそんなことも」
彼らが七人組アイドルとしてデビューしてすぐの頃。ファンへのお披露目会という形で東京ドームで2daysコンサートを行ったのだ。テレビでオーディションを見守っていたファンらがついに生で彼らのパフォーマンスを見ることができるライブということでチケットはものの数分でsold out。そして皆の期待に応えるべく彼らは新曲五つを二ヶ月で覚えたのだ。
「あんなに美味い豚汁は初めて食ったわ」
事務所に泊まり込みで朝から晩まで歌と振り、そしてトーク回しの練習。食事は基本的にこちらが手配したお弁当だった。だからこそある日、遅くまで練習していた彼らのために夜食として豚汁とおにぎりを振る舞ったことがあったのだ。
「あははっありがとう。でもあの状況で食べたら何だって美味しく感じるよ」
潔と國神は泣きながら食べ、蜂楽と千切は無言でかき込み、食に頓着のない凪がおかわりをし、玲王には絶賛され、口数の少ない凛までもが「美味い」と言ってはいたが、ただ単に温かい食べ物が身に沁みただけであろう。日本人ならば米と味噌汁は故郷の味なのだ。
「違ぇよ。豚汁には生姜、おにぎりには俺らが好きなモン入れて一つ一つ握ってくれたろ?マネージャーの優しさが詰まってたから美味かったんだよ」
身体にいいとされる生姜を豚汁には入れ、皆の士気が少しでも上がるようにおにぎりには好物を混ぜた。あの時は無心で食べていたのか「ありがとう」くらいしか言われなかったのだがまさか細かいところにまで気付いてくれていたとは。
「そこまで褒めてくれると照れるなぁ」
ありがとう、より先に照れ臭くなりつい謙遜してしまう。でも國神はさらに私への感謝の言葉を続けた。
「当たり前になりすぎちまって忘れがちだケド、いつも俺たちのコトを一番に考えてくれてマネージャーにはほんと感謝してる。ありがとう」
母の日に息子からもらった手紙を読んで泣く母親の心境がよく分かる。これ、かなりクるわ。運転中だからギリ耐えられているが目の端には涙が溜まる感覚があった。
「私こそみんなの活動のお手伝いをさせてもらえて幸せだよ。応援してくれるファンのためにも頑張ろうね」
私は精一杯大人ぶってお手本のような言葉を返した。この言葉に嘘はないけれど輝きを増していく彼らを間近で見たいと言うのが私の本音だ。こんな特等席、他の奴に渡してたまるかとまで思う。
「ああ。これからも末永くよろしくな」
「おっなになに?私の老後の面倒も見てくれるって?」
「老後……ばっ…?!そんなんじゃねぇよ!!」
國神の言葉が一々完璧すぎて思わず茶化してしまう。そしたら想像通りの反応が返ってきて、声を出して笑ってしまった。