「美女と野獣」と噂の馬狼夫妻の話
*『はじめましてはお母さん、これからは旦那さま』の後日談になります。一応これ単体でも読めます。
「メインスタンド階段上のプレミシート前列一番端にいた子めちゃくちゃ可愛かった」
「は?なんて??」
突如淀みない口調で語り出した忍者の末裔を烏旅人は呆れ顔で見た。
「スゲー可愛いコがいたんだよ。髪はこのくらいで目おっきくて小動物系の女の子」
FIFAワールドカップアジア二次予選の試合を今まさに終えたところだった。ホームでの試合とありスタジアムは海のように深いサムライブルーに染まり、彼らは数十分前までその熱狂の中心にいたのだ。そしてシャワールームで汗を流した彼らは控室に戻るための廊下をダラダラと歩いている。
「アホか。コートから見えるワケないやろ」
「いけるっしょ。だってここコートと客席の距離近いし」
今回の試合会場は陸上トラックがなく、観客席数が三万人にも満たないスタジアムであった。その分、客席からの距離も近い。
「だとしても試合中に見ぃひんわ」
「試合中じゃなくて退場のときに見つけたし。マジでそこらのアイドルより可愛いコだったわ、連絡先交換してー」
「なら紹介してもらえ。プレミにおったんならスポンサー関係者やろ」
「ただその子、馬狼のユニ着てたんだよなぁ」
馬狼照英といえば今やイタリアのユーヴァースで活躍するトッププレイヤーだ。味方をも出し抜いて己のゴールに執着する。スポーツ界におけるチームプレー≠嘲笑うかのようなそのプレースタイルに、しかしだからこそ魅了されるサッカーファンも多い。
「ほぉそりゃまた物好きやな」
だがその大半は男性であることが多い。サッカーファン自体、日本では男性の方が多いがそれでもBLTVなどを通し今では老若男女問わずファンも増えた。しかし女性ファンの多くは顔の良い凛や千切、また素人目に見ても面白いプレーでフィールドを沸かす蜂楽や凪といった選手を好む傾向がある。もちろんこれは偏見であって実際に統計を取ったわけでもないが、二人にとっては少なくとも馬狼が女性受けするようには思えなかった。
「だろ?案外ゴツイ系が好きなんかな?もしかして俺勝ち目ない系?」
「安心しろ、初めから勝ち目なんてないわ」
「おまっ……なんでこんなとこまで来てんだ!」
乙夜の芽吹きもしなかった恋を鼻で笑っていれば数メートル先がなにやら騒がしい。そしてその声の主はちょうど話題に上がっていた馬狼照英のものである。
「スタッフさんに入っていいよ〜って言われたから」
「迎え行くから外で待っとけっつったろ!」
「ここも観客席の外だよ?」
「屁理屈こねんじゃねぇ!」
当然気になった二人が壁に隠れながら様子を窺えばそこには馬狼と一人の少女がいた。いや、少女と言うよりはもう少し年齢は上だろうか。女は化粧ひとつで実年齢からマイナス五歳は若返れることを姉持ちの烏旅人は知っていた。
「小動物……」
「は?」
「さっき言ってたスゲー可愛いコ」
烏は改めてその少女……女性を見た。先ほどは馬狼との身長差とその童顔ぶりに目がいってしまったが確かに世間一般的に見て可愛い部類に入るような子だった。女性経験豊富な乙夜が言うだけあって確かにぽっと出のアイドルよりも整った顔をしていると思うし総選挙なんてやった日には神セブンへのランクインも夢ではないと思った。
「間近で見ると全然迫力が違うね!コートの上をバァーって走ってそれでバシッとゴールまで決めちゃうんだから!テレビでは分からなかったけどシュート打つ時の音って本当に聞こえるんだね、私感動しちゃった!」
そして加えて言うならば絶妙にこちらの庇護欲を擽ってくる部分もポイントが高かった。小柄な体系と言うだけでなく話し方や声のトーンに男心が擽られる。こちらが守ってあげたくなるようなそんな雰囲気がある。だからこそ馬狼と彼女が並ぶ姿は遠めから見て少し面白かった。
「そりゃよかったな」
「それとね、このうちわ振ってたんだけど見えた?」
「んなモン作ってくんな恥ずかしい!」
「ちなみに裏には園の子たちからの応援メッセージが書かれています!」
「職場のガキに何やらせてんだ!あとで見るから今はしまえ!」
「照れ屋さんだねぇ」
「ちゅーっす馬狼おつー」
まさにオオカミと赤ずきんちゃんやな、と感心していれば隣にいたはずの乙夜がいない。そして改めて視線を二人の元へ戻せば乙夜は彼らと向かい合っていた。その拍子に馬狼とも目が合う。こりゃ面倒くさいコトになりそうやわ、と思いつつも覗き魔でいるままなのも癪なので烏も彼らの元へと向かった。
「なんだテメーら盗み見なんざ趣味悪りぃぞ」
「そんなんちゃうわボケ。俺らの進行方向に凡がいただけやろ」
近付いたところで馬狼が不自然に体の向きを変えた。それはまるでお姫様を守る王子様のよう……ではなくピーチ姫を取られまいとするクッパに近い構図であった。どうやら馬狼照英という男はどこまでいってもヴィラン側らしい。
「さっきからそこにいたコトは知ってんだよ」
「道塞いどったから困り果ててただけやし」
「そっちの子もちゅーっす」
「ちゅーっす!」
「やめろ!馬鹿が移る!」
クッパを無視して乙夜がひょいと顔を覗かせればピーチ姫はそっくりそのまま言葉を返した。案外ノリはいいらしい。現に馬狼に怒鳴られても彼女は、えへへと頬を緩ませていた。
「もういいだろ!オラッ行くぞ!」
「あいさつとかしなくていいの?」
「どこに自らあいさつに出向く王様がいんだよ!帰るぞ!」
「その前に俺と連絡先交換しない?」
「テメーは人の嫁に手ぇ出すな!!」
「は?」
騒がしかった廊下が一瞬にして無になった。この無≠ニは即ち虚無である。乙夜と烏はそれぞれ背中に宇宙を背負い、精神は果てしない広大な銀河へと放り出された。しかしながら烏が得意の頭のキレの良さを発揮し、どうにかこの状況を整理するための一言を発した。
「嫁って、凡ら結婚しとるん?」
「あぁ」
「改めまして、照英くんの妻です。いつも主人がお世話になっています」
ほんまかいな……ここ数年で一番の驚きであった。
熱愛報道が出たことは一度もなく女の影すら見当たらなかった馬狼がまさか結婚していたなんて。青い監獄≠フ同期の中で既婚者がいたことすら驚きなのにその第一号が馬狼とは。
「いつから?つーかどうやって知り合ったワケ?」
「照英くんとは幼稚園から一緒で籍を入れたのは……」
「もういいだろ!」
「マジかよ」
ひとつ気になっていた点と言えば馬狼がネックレスをつけるようになったことか。遠目でしか見たことがなかったがシルバーチェーンのそれにはリングが一つ通されていた。他の奴らに「それってペアリング?」と聞かれていても馬狼は鼻で笑って無視していた。だから深く気にしていなかったのだが本当に結婚指輪だったらしい。現に彼女の薬指にも結婚指輪と赤い石の付いた指輪が二つ付けられていた。
「結婚発表とかせんでええんか?」
「聞かれねぇから言ってもねーだけだ。つーかそもそも報告義務もねぇだろ」
「クラブチームには報告してます!そしたらスナッフィーさんがアルマーニのペアウォッチくれました!」
「お前は余計なコト言わなくていい!」
埒が明かないと思ったのか、有無を言わさず馬狼は彼女を引きずってスタジアムを後にした。これに対して烏は面白いモン見たなぁと思い、はたまた乙夜は幼馴染はずりぃなと妬みその夜は枕を濡らした。
あの馬狼が結婚していただなんて身内だけでなく世間的に見てもビックニュースに違いない。ただこの事実を気安く記者にリークするほど二人は薄情な人間でもなかった。今いるクラブチームは違えど日本代表選手でもあり一時期はエゴをぶつけ合ったライバルだ。このまま静かに見守ってやろうというのが二人の出した結論だった。正直、青い監獄<<塔oーには言いふらしたい限りだけども。
しかし、事態は急展開を迎えることとなる。
——サッカー日本代表、馬狼照英選手 TDLで女性と楽しむ姿が目撃される——
先日、熱い試合でフィールドを沸かせた馬狼照英選手がTDLで満喫する姿をカメラが捉えた。目撃されたのは最新エリアであるファンタジーランドの一角。普段とは一変、下ろした長髪からはプライベートの装いが感じられ加えて野獣モチーフのヘアバンドまで付けた姿は完全なリラックスムードである。そしてその傍らには光沢感のあるリボンの中央に真っ赤なバラを配したカチューシャを付ける女性の姿も見られた。突如現れた美女と野獣の姿にその場は一時騒然となったという。馬狼照英選手はこの報道を受け今夜記者会見を開くと発表した。すでにSNSでは「結婚発表」「馬狼照英」「美女と野獣」というワードがトレンド入りし海外でも注目を集めている。馬狼照英選手の口から何が語られるのか、今夜の記者会見が楽しみである。
「早々にすっぱ抜かれとるやんけ!」
「ワロタ」
烏と乙夜の気苦労はわずか三日で解消された。