結局、由杏は殆ど手付かずで食事を戻して、重く沈んだ心のまま部屋に帰って来た。

帰国後の莉於との初対面に心が震えたが、プラチナブロンドに染めた髪の毛や目付きの鋭さは、由杏を怯ませるのに十分だった。

そこに居たのは目の前の由杏さえ映さず、まるで見知らぬ他人を見るような冷えついた瞳だったからだ…。

由杏が最後に見た莉於は黒髪で、まるで世界に一つしか無い大事な物を愛でるかのように、優しく包み込むように見つめてくれた。

分かってはいても、そのギャップにたじろいでしまった。

由杏はネクタイを外しながらふと机の上に出したままだった、パスポートケースを手に取り中を開ける。

その中から一枚の写真を取り出してじっと見る。

中学二年の体育祭の日で、由杏と莉於が体操着を着て笑っている写真だ。

今ほど未来に不安など無く、幼さを残して屈託なく笑っている笑顔が懐かしい。

この頃には何時も隣に居る莉於が気になりだしていた、性癖とか言うんじゃなくただ莉於が好きだったのだ。

何時も一緒に居たくて時間があれば莉於と遊んでいたが、嫉妬で弟が度々癇癪を起し、スマホのデーターを消去したり、酷い時には自殺騒ぎまで起こして由杏の気を引くようになったので、由杏は弟の為にも莉於と遊ぶ事を自重しなければいけなくなっていた。

そんな弟の行動を見越し、データー消失を恐れて印刷して置いたお気に入りの一枚だったが、二年前にスマホのデーターは弟と喧嘩した時、完全にすべて消されてしまったので、この写真だけが教科書に挟んでいた為に唯一残った物だった。

ああ…、でも全てが遠い過去になりつつある…。

由杏はため息を吐いた…。


その後も冬伊は由杏達の部屋へとやって来ると、夜遅くまで歩の部屋に居て、歯磨きをしようと出て来た由杏と帰り際に鉢合わせした。

由杏がギョッとしたのは、そこで二人が別れ際の挨拶…、キスを交わしていたからだった。

驚いてそこに立ち尽くしていると歩が悪びれずに言う。

「冬伊、由杏が驚いてるよ」

歩の言葉に始めて由杏の存在に気が付いたかのように、冬伊が歩から目を離しゆっくりと振り向いた。

ポカンとした由杏を面白がるように冬伊は微笑んだ。

「俺達、付き合ってるから。歩は俺の『番』」
そう言って肩を抱き寄せる。

つ…付き合ってるって?男同士で?

堂々と言っちゃっていいの?

いや…、分からなくもないけど…、自分もそうだったし…、でも冬伊女の子好きじゃなかったっけ?

由杏の頭の中で疑問が渦巻いていた。

そんな由杏を面白がって見ているふたり。

でも『番』って?何?

「何だ…何も知らないの?まあ無理もないか」

歩がキョトンとしてる由杏に向き直ると、向かいのソファに座るよう手で合図した。

歩の横には今帰ろうとしていた冬伊も腰かけた。

「ここは男子校でしかも全寮制という、世間とはかけ離れた特殊な環境でもあるわけで、男同士が付き合うなんて普通の事なんだ。

ヤローばかりだから色々もめ事もあってね、それで昔にひとつのルールが作られたんだ。

『番』と言って付き合ってる相手の事を言うんだけども、『番』の居る人にはちょっかい出さないルールがあるんだよ。
ただ厄介なのは自分から申し込んだら、相手が解消すると言い出さない限り永遠に『番』は解消されないと言うものなんだ。
この学園には金持ち両親の笠を着た良からぬ連中もいるからね、君も誰か早く『番』を見つけといた方がいいよ、ちょっかい出されない為にもね」

学園のもみ消し工作に失敗した時に、時々漏れるニュースとなって世間に公表される事はあっても、卒業生が実力者揃いの学園では、事件が起きたとしても滅多に表ざたになるような事は無かった。

内情はいろいろあるって所か…。

「まあ校風がかなり自由だからねここは。制服だってあってないようなものだし」

各々がアレンジして着ているここの制服は、基本濃いグレーのブレザーにチェックのパンツだったが、シャツの色を変えたり、柄物のパーカーを中に着たりと、校則はかなり緩かったが偏差値が高く学問を重視する傾向もあって、個々のパーソナリティー及び成績重視の観点から、規則はかなり許されているのようだった。

『制服の乱れは心の乱れ』、そんな格言は、ここでは誰も知らないだろう…。

二年前より背も高くなり相変らず華奢ではあったが、更に綺麗になった由杏が、真面目な顔して歩の話をじっと聞いているのを、冬伊は複雑な思いで見ていた。

「僕は冬伊と『番』になれて本当に良かったと思ってる。冬伊は喧嘩も強いし何よりカッコいいだろう?そして、一番は本当に優しいんだ」

知ってる。

冬伊は今日僕に会って戸惑っていたけど、突然行方を晦ました僕を怒っていて、誰かさんのように口を利いてくれなくても不思議では無かったんだ。

『なぜ今頃帰って来たんだ…』そう言って尋ねたけど、僕が言葉に窮しているとそれ以上は何も言って来なかった…。

「ね、昔からでしょ?」

「うん。莉於と違って冬伊は優しかったよ…」

莉於はいつも由杏にちょっかい出しては怒らせた。

まあ、それは子供じみた愛情の裏返しだっただけで、その時の由杏は幼過ぎて不快でしかなかったのだけど…。

歩は冬伊を嬉しそうに見つめていた。

そんな冬伊は歩のベタ褒めにも照れること無く、ぼんやりと考え事をしていてどこか上の空だった。
そして…、

『なんか嫌な予感しか、しないんだけど…』

冬伊は由杏が誰か『番』を見つけた時、あの男が黙って見ているだろうかと、一抹の不安を覚えるのだった…。







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