紅玉に眠る
 緋色の長い髪が目の前で揺れる。いつの間に自分が目を開けたのかも分からないまま、わたしは、髪とともに、ただ流れるだけで。

「――成功だ――」
「やった……!」
「ニクセ・フォン・ファブレのレプリカが成功した!」

 画面の裏にチラついていた紅色とも朱色とも、どことなく違う緋。周囲から聞こえる称賛の声に、耳を塞ぎたくなる。大きな違和感と頭痛が渦のようになって襲いかかってきた。
 窶れた顔をしている緋色の少女が目の前に立っている。髪の長さはわたしと同じだ。瞳の色は緑。

「……これからお兄さま達と過ごせるのは、あなたなのですね。わたくしではなく」
「ニクセ様」
「分かっています。――分かって、います」

 目を切なげに細め、聡明なかんばせが浮かび上がっている少女、ううん、幼女、と言って差し支えない彼女は、わたしに手を伸ばした。

「ごめんなさいね、わたくしニクセ

 ぱ、と目の前が開けたような気がして、意識が弾ける。――わたしは今、どこにいる?先程まで何をしていたか、細かくは思い出せない。ただ漠然と、自分は死んだのだな、とだけ。けれども確実に、わたしはこんな髪の色をしていなかったし、レプリカなんて技術は現代に存在しなかった……と思う。
 ふと目の前の3、4歳ほどの女の子を見れば、窶れている、どころではない顔色をしていて、少し吃驚した。病弱なのだろうか。ニクセ、ニクセ・フォン・ファブレと呼ばれていたのは、恐らくこの女の子のことだろう。

 ところで。わたしが死んだと仮定するが、死ぬ前にプレイしていたゲームがある。ご長寿ジャンルで、初めて発売されてから早20年。「テイルズ オブ」シリーズだ。その中でも10年ほど前に初めて発売されて、現在は持ち運び式ゲーム機に移植されている、それ。命の大切さを知るRPG。タイトルは、テイルズ オブ ジ アビス――。ファブレの名前に、赤に連なる色の髪、緑の瞳。つまり。
 わたしが死んだはずの場所と、違う可能性、というものが出てくる。いや、恐らくは可能性どころではなく、確定していると考えて良い。レプリカという技術の説明がつかない。そして、ニクセ・フォン・ファブレのレプリカ、というのが、恐らくは。

「わたしの名前は、ニクセ……?」
「、ええ、そう。そうですよ、あなたはニクセ。ニクセ・フォン・ファブレ」

 その言葉と同時に流れ込んでくる記憶量の少なさに、唖然とした。ルーク・フォン・ファブレ、主人公の母親に抱かれているニクセ自分と、家に閉じ込められている、小さなニクセ自分。挙句、誰にも知られることなく、家から連れ出された、緋色。

「お兄さまの名前は分かりますか?ニクセわたくし
「ルーク……ルーク・フォン・ファブレ」

 その記憶の中で、いちどだけ、緋色は自分とは別の赤を見ていた。3歳ほど歳上だろうか。未だこの時はアッシュであっただろう、ルーク・フォン・ファブレの姿。ニクセはわたしの言葉を聞いてゆるく微笑んだ。

「わたくしは先に行ってしまいますけれど……その分、お兄さまのことは貴方に任せます、ニクセ。どうか、お兄さまを宜しくね」

 命を無くす前のような言い方をしているが、もしも本当に命を取り零すのだとして、若干4歳の子供なら死を泣き叫ぶくらいはするのではないだろうか?そう心の中で疑問が首をもたげたと同時に、先程まで歓喜に身体の首までを突っ込んでいた周りの大人が、慌ただしく動き始めた。目の前のニクセは、光となって消えていく。

「ねえ、ニクセ。わたくし、やっぱりね、お兄さまとお話したかったなって思うの。お兄さま、わたくしという妹が居ることも知らないだろうから」
「……はい」
「だから、あなたはきっと、お兄さまと沢山お話してね?わたくし、きちんと見ていますから」
「、はい」

 風がニクセの光をさらった。ひとつ残ったそれは、ニクセというよりも、ニクセが身につけていたイヤリングで。柔らかくその場にしゃがみこんでそれを拾った。わたしに兄を託して満足そうに笑った彼女が還った瞬間、わたしは、ニクセ・フォン・ファブレのレプリカではなくて、ニクセ・フォン・ファブレそのひとになったのだ。



「ニクセ様、お時間です」
「はい」

 緋色が墜ちて、紅色が居なくなった。赤色が成り代わって、朱色が生まれた。
 ND2018年。日記のように始まるそのゲームの全ても、結末も知っているのは、当たり前のようにわたしだけ。
 ルーク・フォン・ファブレが、好きだった。アッシュが、あまりにも、愛しかった。ヴァンがあまりにも哀しくて、ティアがすごく、優しくて、ガイが、頑張っていて。命の大切さを知るRPG。そのジャンルの名前に、間違っていることなんてひとつも無かった。

「ニクセ。君に、新しい名を与える」

 わたしはどうなったっていい。

「マレーネ・フォン・シュナイデン。……これからは、そう名乗るといい」

 ただ、幸せにしたかっただけだった。
 世界も。ルークも。アッシュも。救えない人は居るかもしれない。救われちゃ駄目な人は、必ず居る。分かってる。それはわたしのエゴだ。ルークとアッシュが幸せに未来へ歩き出せたら。それだけで、もう。

「はい。――イオンさま」

 それだけで、満足だった。