昼の郵便配達で公安から差し戻されてきた書類の処理に取り掛かり始めたのは14時頃のことだっただろうか。
16時になると社長やサイドキックたちがパトロールから帰ってくるため今日の報告書の作成にとりかからなくてはならないため、この作業はさくっと終わらせてしまおう、そう意気込んで書類の開封作業を始めて少し経った時だった。
お腹の奥がキュッとなるいつものあの感覚が湧いてくるのを感じて思わず体がふるりと震える。
「っ…、えっと、薬…」
ここのところ前にも増して連日のように服薬するため効き目は日に日に薄れているように感じるし、近頃では副作用もきつく出るようになっているが、背に腹は変えられない。
いつも通りの生活を送るには薬に頼るほかないのだ。
病院でもらった苗字名前と自分の名前の書かれた薬袋を取り出そうと足元に置いたバッグの中を探る。
「あれ?」
しかし、バッグの中にいつも入っているはずの白い小さな紙袋は見当たらない。
「え、あれ?ない、どうしてっ…」
「苗字さん、どうかしたんですか?」
「あ、ごめんなさい…」
急に慌て出す私の姿を不思議そうに思ったらしい隣の席の後輩に声をかけられて一瞬ハッとしたものの、この状況で落ち着くなんて難しい。
だって、だって、私のお守りとも命綱ともいえる薬がない、のだ。
最後に薬を飲んだのは、たしか先週の木曜日。
今日みたいに仕事をしている最中にあの感覚が来る気がして慌てて服薬したのが最後だったはず。
そして今日は休み明けの月曜日。
基本的に週末は自宅で過ごすし、そんな時に例の症状が出てもベッドに入って眠ってしまうから薬を飲むことはしない。のだけれど。
「あ、、」
そうだ。
昨日は短大時代の友人と天神付近のホテルのラウンジで新しく始まったというアフタヌーンティーに出かけたのだ。
その際に、お出掛けの時にしか使わない小さなショルダーバッグで出かけて、出先でもし何かがないように、とそのバッグのポケットにいつもの薬袋を入れた。
結局昨日は薬を飲むことはせずに済んで、久々に会った友人との会話に花が咲いてアフタヌーンティーだけでは時間が足りず、ショッピングをしてから夜も居酒屋で一緒に食事をした。
あまりお酒が強くない私はカクテル2杯ですっかり酔ってしまって、帰宅した時にはもう眠くて眠くて仕方がなくて。
昨夜は結局、最低限メイクだけを落としてベッドに倒れ込んだのだ。
それも、アラームをかけるのを忘れて。
今朝起きたのは幸い遅刻こそしない時間ではあったけれど、慌ててシャワーを浴びて身支度をして、昨日持って出かけたバッグから財布とお直し用のコスメが入った小さなメイクポーチを通勤用のトートバッグにうつしかえて家を出た。
つまり、私の大事な大事なお薬は家に忘れてきた、ということだ。
「ど、どうしよう…」
我ながらなんてことをしてしまったのだろうと青ざめるが、起きてしまったことは仕方がない。
チラリと自分用のノートPCのディスプレイに表示される時間を見ると、14:34の表示。
定時の18時まではあと3時間強。
耐えられる、だろうか。
有給はまだあるし早退することも少し頭をよぎったけれど、先々週に薬でもどうしようもできないほどの症状が続いて急遽数日休みをもらってしまったばかりだ。
その節は他の事務員やサイドキックたちにだいぶ迷惑をかけてしまったし、ここでまた早退なんてしたらさすがに自分としても居心地が悪い。
(…がんばろ)
それが無駄な抵抗だと、自分自身が1番わかっていたはずなのに。
今思えばその判断をした時点でもう私の頭は熱に侵されて正気を失っていたのかもしれない。
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