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屋敷を出るべく荷物を全て片付けてしまっていた為客人用の茶器はすでに台所になく、唯一残していた湯呑み一つに煎茶を淹れて居間に運ぶ。


居間の襖を再び開くと、杏寿郎様との別れを済ませたのか、お師匠様は廊下の方に向き直るようにして胡座をかいて座っていらっしゃった。
襖を開いた瞬間にお師匠様の三白眼に捕らえられ一瞬背筋に緊張が走るが、その目はいつもの鋭さを孕んでおらずどこか物寂しげな様子に感じられて、小さく一つ会釈をして私も居間に踏み入れる。


「たいしたお持て成しもできずご無礼どうかお許しください」
「構わねェ、別に俺は此処に遊びに来たわけじゃあねェからなァ」
「はい…お師、不死川様にわざわざ御足労いただき、杏寿郎様もさぞ喜んでいらっしゃることと存じます」


用意した茶をお師匠様の前に置いて、「失礼します」と一言断りを入れた後に自身も座敷に腰を下ろす。
お師匠様は特にその湯呑みに手をつける様子もなく、私が腰を下ろすのを見届けたら、おそらく先程から抱えていたのであろう疑問を問うべく口を開かれた。


「遺体も残らないほどだったのかァ」


お師匠様が口に出された疑問は、いくら上弦の鬼と対峙しようと欠片も残らないなんて杏寿郎様におかれてはまさかそんな事はありえないだろう、と、そうお考えに至ったという事だと読み取れる。
その言葉は、あれほどにも厳しい不死川実弥という御方が、煉獄杏寿郎の事を同胞として、そして一人の隊士として認めていたという何よりの証拠だった。


私はただ、お師匠様のその疑問に返事を述べる。


「いえ、ご遺体は隠の方達が煉獄家にお連れになって下さりました」


杏寿郎様は上弦の参との闘いがあったその現場から、一度この屋敷に遺体となってご帰還された。
隠の者達は顔の見えない隊服を身に付けているが、それでもその時の彼等の表情が暗く悲壮感に満ちたものであったことは、わずかな目出し部分からのぞく光を失った瞳から見て取れた。
そんな彼等に辛い仕事をさせてしまった事を詫びてから彼との別れの機会を与えてくれた事に礼を述べて、そして私は眠るようなお顔の杏寿郎様を一目見て、冷たくなった彼の白く滑らかな頬に触れて、止めどなく溢れてやまない涙を必死に拭って、絞り出すように彼等に杏寿郎様を帰るべき家にお連れするようにと次の任務を依頼した。


「…お前はそれでよかったのかァ」
「私、は…」


私の述べた答えを聞いて、お師匠様の目が少しいつもの鋭さを孕んだように見えたかと思ったら、重ねられた問いに言葉が詰まる。


それでよかっただなんて事、あるわけがないに決まっている。







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