金曜日夜21時
これが会社員でもあれば今頃浮かれて酒でも飲んでる頃なんだろうが、齢15歳の俺には未だ無縁な話である。


…のだが、俺の心は今浮き足立っている。


「師匠!ここがわかりません!」
「これは1ページ前の応用だ」
「おお、なるほど!」


さすが!と言って手元の参考書に真剣に向かうのは級友の苗字名前。
遡ること小一時間前。
いつものように夕飯に蕎麦を食っていたところ、まるでこの世の終わりかのような顔をして「一生のお願いがあります!」と声をかけてきたのが事の始まりだ。


一体何事かと思って話を聞くと、今日の数学の授業がまったくわからず、課題に目を通したものの解ける気がしないため助けを求めているとのこと。
除籍処分にはなりたくない、と今にも泣きそうな顔で訴えてきた為、それならばと特別教室を開講し今に至る。


「師匠!解けました!」
「ん、ちゃんとできてる」
「やったぁ」


ヘニャリとほっとした顔を浮かべる苗字。
つい先ほどまで眉を下げて今にも泣きそうだったのに、万華鏡みたいにくるくる変わる表情から目が離せない。
こうして苗字を独り占めできるなら、比較的勉強ができる方であって良かったと思う。


しかし、どうにも疑問な事が1つある。


「師匠今日はありがとうございます!このご恩は出世払いで!」
「いや、いい。でも俺でよかったのか?」
「はっ!もしや師匠、迷惑でしたか…!」
「いや、迷惑とかではない。でも八百万とかもいただろ」
「あ、なるほど、」


それなら、ももちゃんたちは今頃みなちゃんのお部屋で女子会中なので!とのこと。
苗字も誘われたが、今の自分には女子会よりも数学の復習が必要だと踏み泣く泣く断ったのだそうだ。
なるほど、理由はどうあれこうして頼ってきてもらえたことは素直に嬉しいものである。


「それに私は師匠を尊敬してますので!」
「…そうか、」


キラキラとまっすぐ俺を見つめる瞳は、本来ならば喜ぶべきことであるはずなのだが。
複雑な思いが胸に引っかかる。
なぜって、苗字の純粋な気持ちは俺を通り越した先に向けられたものであるはずだから。

またテキストに視線を落とす苗字を見つめながら、数ヶ月前の事を思い返した。