「轟くん!轟くんのお父様はあのエンデヴァーだって、本当ですか!」
「…だったらなんだ」

入学して1週間が経とうとするころ。
1日のカリキュラムとホームルームが終わりさっさと家に帰ろうと正門を出て歩いていたら、後ろから声をかけられ振り返るとそこにいたのが苗字だった。


(なんだ、こいつ)


誰にだって触れられたくないことの一つや二つあるだろう。
他人の心に土足で踏み込んでくる失礼な奴だ、と思った。
だからどうせこいつもまたいつもの野次だろうとその場を去ろうとしたら、そのあとに続くのは意外な言葉で拍子抜けしたのだ。


「あの、あのね、えっと…」
「悪い、急いでる」
「あの、ありがとうございましたって、お伝えください!」
「…?」


(どういうことだ?)


「では!急いでるところ失礼しました!」
「あ、おいちょっと…」


一方的に言いたいことだけ言い終えた苗字は、深々と頭を下げて俺の帰路と反対方向へ走って行ってしまう。


(なんなんだ、)


それ以来というものその時の事が気になり、あの時の言葉はどういうことだったのか問うべく機会をうかがっていたもののなかなか機会を持てずに時が過ぎていってしまった。
というより、なんでか避けているようなそぶりを取られるのだ。
いや。避けているような、ではなく確実に避けられていた。
食堂で声をかけようとしても帰り際に呼び止めようとしても、気が付かれてはすぐに走ってその場を去られてしまうのだ。


(本当になんなんだ…)


一方的に言い逃げしておいて、こちらが声をかけようとすれば逃げられる。


(気が乱される…)


いい加減どうしたらあの時の事を聞けるのだろうか、そんな風に考えていた日の事だった。
その日はいつもより少し早い時間に家を出て登校したら、教室にすでに人影が1つ。


「苗字、」
「あ、轟君…」


自席に座って何やらノートを広げて向き合っていた苗字は、教室に入ってきたのが俺だと気が付くとガタッと席を立ってどこかへ行こうとする。


「苗字、逃げないでくれ」
「…」
「あの時の、ありがとうってどういうことだ」


今教室には俺と苗字しかいない。


「…〜っごめんなさい!」
「今度はなんであやまる…」
「あの、あの後色々聞いて、その…」
「色々って、なんだ」


もう逃げられないと観念したのだろう。
俺から逃げるべく席を立った苗字は、また自分の席に腰を下ろして事の理由を話し始めた。