苗字がまだ幼いころ、ヴィランが起こしたちょっとした暴動に母親が巻き込まれた際に救出をしたのが他でもなく俺の親父であるエンデヴァーであったということ

それ以来エンデヴァーに感謝しており憧れていて、俺がその息子だと聞いて礼を伝えたかったこと

しかしその際に俺の顔色を見て、何かまずいことを言ってしまったかと感じた事

そして、そのあと体育祭の時の一連の事柄から間接的に俺と親父の関係性を知り、触れてはいけない領域に触れてしまったことを申し訳なく思ったものの、謝るにもまた触れてはいけないことを触れてしまうのではないかと考えていたらなかなか一歩が踏み出せなかったということ


「…で、ごめんなさいっていうわけか」
「はい…」


肩を落としてしゅんとする苗字はただでさえ小さいくせにこれでもかというほど小さくなっている。


「…俺も悪かったな」
「と、轟君が謝ることじゃないから…」
「正直、お前もただの野次馬かと思った。だからつい顔に出ちまった」
「うん…」


そうだよね、嫌だったよね、とまた謝る苗字。


「でももう俺自身気にしてねえから、本当に気にすんな」
「轟君…」
「だから、あんま避けんな。普通にしてくれ」


体育祭以降、まだ完全に気持ちの整理がついたわけではないが自分と親父の事は切り離して物事を考えられるようになった。
そして何より、俺と親父の関係性は他の誰にも関係がない。俺は俺、だ。


「…轟君が嫌じゃなければ…」
「ああ、そうしてもらった方が助かる」
「、うん!」


安堵の顔を浮かべて頷く苗字の瞳には小さな水滴が浮かんでいて。
今まで思いつめさせてしまったのだろう。
悪いことをした、と詫びの言葉を重ねようとしたら苗字の顔がみるみるうちに青ざめていく。


「苗字?」
「やばい…」
「どうした?」


バサっと苗字の手から落ちた本に視線を落とせば、そこには見覚えのある数式達が羅列していて。


「数学のテキスト?」
「あ…今日小テストだから早く来て勉強してたんだけど、その…」
「あ、悪ぃ…」


壁に目を向ける苗字の視線を辿ると、目につく時計はあと15分もすればクラスメイト達が入室して来そうな時間を示していて。
いつも女子達に囲まれている苗字の事だ。
周りの奴らが来たら勉強どころではなくなってしまうのが目に見える。


「別に轟君のせいじゃないから!小テスト赤点でも轟君と仲良くなれたことを思えばお安いものですし…!」
「いや、それは俺が煮え切らねぇ…ていうか赤点とりそうなくらいやべぇのか?」
「…うっ!でもお恥ずかしながらそれはもう私のおつむのせいなので…」


拾い上げたテキストをぱたぱたと手ではらいながらバツが悪そうに視線を泳がせる苗字。
正直復習するほどの内容でもないとは思うところではあるが、今日ばかりは自分のせいで邪魔をしてしまったし、と提案を投げかける。


「小テストなら範囲狭いし今から教えるか?」
「え…」
「あ、悪ぃ。1人のが集中できるタイプとかなら余計なお世話かもだが…」
「お、教えてっ!教えて下さい師匠!」
「ああ、じゃあ時間ねぇから要点だけやるぞ」
「はい!師匠!」


(師匠…?)


こうして俺と苗字の師弟関係が始まったのだった。