苗字さんと僕の付き合いはかれこれ数か月前に遡る。
いつものように持参した餌をくれてやるべく下校時にこの空き地に立ち寄った時のことだ。
その日はアフターホームルームでの先生の有難いお話がいつにもまして長引いて、教室を出るのが幾分か遅くなってしまった。
気まぐれな天使と果たして無事に落ち合えるだろうかと慌ててこの空き地に駆け付けたら、そこに彼女はいた。
この場所で誰かほかの人間に遭遇したのはそれが初めての事だった。
身に着けている制服で同じ学校の生徒であることは一目瞭然で、肩についているボタンの数を目にしてすぐに彼女が自分とは違う側の人間であることを認識した。
我ながら嫌な人間だと思うけれど、選ばれた側の人間である彼女に対し最初はあまり感じのいい態度をとれなくて、それでも彼女と打ち解けたのは今こうして目の前で彼女の膝の上で眠るこいつのおかげである。
僕には体を触らせてくれないくせに、彼女の足元にするりと擦り寄ったこいつを彼女はひょいと抱き上げてしまって。
その光景を立ったまま見つめていたら、彼女は臆することなく僕に話しかけてきた。
「猫さんと仲良くなるには、まずは人差し指を差し出すんだよ」
「…」
「目は見ちゃだめだよ、威嚇してるって思われちゃうから」
「…こう?」
自分の膝の上に抱き上げた猫の背中を撫ぜながら1つ1つ語る彼女の言うとおりにしていけば、いつも餌にしか目をくれないその猫が、つん、と僕の人差し指に鼻を寄せる。
「っわ、」
「ほら、もうお友達」
よかったね、と言った彼女はへにゃりと笑う。
その彼女の困ったような笑顔に、きゅ、と僕の胸が高鳴った。
それから僕と苗字さんはたまにここで顔を合わせては他愛のない話をしながら猫と戯れる関係になった。
やれ最新のドラマがどうだとか高校生らしい会話もしつつ、時には互いの悩み相談なんかもして。
僕から見たら勝ち組に見える苗字さんも気を抜くと個性が効きすぎてしまい対象以外にも作用してしまう事が課題であるとかで、僕も決して恵まれたとは言い難い自分の個性への葛藤を彼女にだけは心置きなく話すことができて、それまで敵向けの個性だと言われてきた僕の個性を素直に「すごいね」と言ってくれたのは彼女が初めての存在だった。
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