(どこ座ろうかなぁ)


とりあえず席を立ったものの、なんせ1年ぶりの再会なわけだからそれぞれと積もる話がありすぎて。
さてどこに座ろうかと悩んでしまう。


(…やっぱり変わっていないようで、みんな結構変わった、かも)


空いている席はないかと貸し切りの個室内を見渡せば、視界に入る面々はすっかりもう大人になっていて。
なんだかんだ1年ごとには顔を合わせているからそこまで大きく変わった気がしていなかったが、入学初日に教室の扉を開けて初めてみたときよりも伸びた身長に大きくなった肩。それぞれ顔立ちも頼もしくなって自信にあふれている。


「あ、苗字さん」


懐かしい情景を思い出しながらついぼーっと立ち尽くしていたら、この中でおそらく1番変わったであろう人物から声をかけられる。


「緑谷君、」
「苗字さん、飲み物ないの?」
「うん。どこ座ろうかなって考えてたから」
「あ、それならここどうぞ」


そう言って座っていた場所から少し横にずれて私の席を作ってくれる緑谷君。
いつからこんなにスマートになったのだろうか。


「苗字さんメニュー見る?」
「どうしようかな…緑谷君が飲んでるやつ何?」
「これ女性には少しアルコール強いかもしれないけど、飲んでみる?」


半分ほど中身が減った手元のグラスを渡してくれたので、コクリと一口いただいてみる。


「…あ、おいしい」
「ほんとに?よかった」
「これ頼もうかな」
「うん、了解」


オススメだというカクテルを手元のタッチパネルで2つ注文してくれて、すぐに運ばれてきたグラスを傾けて小さく乾杯する。


「緑谷君、すごいね。毎日ニュースで見るよ」
「あ、ありがとう…でも、僕はオールマイトに比べたらまだまだだよ」
「あはは、相変わらずだね」
「うん、やっぱり僕の憧れはオールマイトだから」


褒めるとすぐに赤くなるところと、口を開けばオールマイトの話ばかりなところはあの頃の緑谷君そのままで。


「でも苗字さんも、あの新しいCMみたよ」
「ええ、あれ恥ずかしいな…でもありがとう」
「みんなのがんばってる姿をテレビで見ると僕も頑張らなくちゃって思わせられるよ」


ふん、と鼻息荒く意気込む姿も変わらない。


「緑谷君は独立して事務所やろうとか思わないの?」
「うーん…いつかはとは思うけど、僕は皆よりデビューも遅れているからまだもう少しサイドキックとして経験を積もうかなって思ってる」
「遅れてるっていったってその間は本場で経験積んでたわけでしょ。じゅうぶんいけると思うし、世間もそれを望んでると思うけどなぁ」
「ええ、そうかな…」


照れるなぁと言って頬をかく姿も、あの頃ずっとひそかに思い続けていた緑谷出久そのままだ。


雄英卒業後すぐにほとんどのクラスメイトがどこかの事務所にサイドキックとして就職していく中、緑谷君だけは1人だけアメリカ留学という道を選んだ。
そう、オールマイトに憧れてのことだ。
オールマイトのようになりたい、オールマイトを超えたいという彼の夢。
高校生活3年間の中で誰より成長した彼が、ただヒーローになるだけではなくより高みを目指して下した選択だった。


いつも皆のことを気にかけてばかりで自分のことはあまり積極的に話すほうではない彼がその選択をしたということを私が聞いたのは、卒業式の日のこと。
3年間ひそかに胸の中にしまい続けた気持ちを伝えようと卒業式後に彼を探して、飯田君やお茶子を筆頭にクラスメイトに囲まれている彼に私も声をかけようとしたら、「アメリカ行っても頑張れよ」という誰かが発した言葉に、伝えるはずだった言葉を胸の奥にそっとしまいなおした。


あれから7年。
今から3年前に彼は日本に帰ってきて、その年の同窓会は彼の帰国に合わせたタイミングで開催された。
久しぶりに会う彼は少し背も伸びて、大人になっていた。


「苗字さんは、どうなの?」
「私は独立するような器でもないしなあ…今はメディア活動も楽しいから、しばらくはこのままウワバミさんのところでお世話になるつもりかな」
「そっか、昔からぶれなくてかっこいいなあ」
「そんなことないよ、まわりに恵まれてるだけ」
「それも苗字さんの人徳だよ」


何を言っても優しく肯定してくれるところ。こんなところも変わっていない。


(ああ、だめだ…)


こうして隣で話をすると、7年前にしまったはずの気持ちが溢れてしまいそうになる。
優秀な周りと自分を比較して自信を無くしかけたときに何度彼に励まされただろうか。
いつだって優しくて、でもそれは誰に対してものことで。
根っからヒーロー気質な彼が本物のヒーローになるために、邪魔にならないように。
そして私自身もヒーローとして一人前になるために。
この気持ちにはしっかり蓋をしたはずなのに。


(いかんいかん…)


また膨らみかけてきた心をぎゅっと抑えるべく頭を小さく横に振って、手元のカクテルを飲み干した。