「ではみんな、そろそろ撤収の時間だそうだ!お店の方の迷惑にならないように素早く二次会の会場に移動するように」


少し遠いところからパン、と手を叩く音と、皆に移動を促す飯田君の声が聞こえる。


「んぅ…」
「あ、苗字さん、起きた?」
「…ん?」


重たい瞼を開けると、視界いっぱいに緑谷君の顔が映る。
と、視界の端に映り込むお茶子。


「あれ…?」
「名前ちゃん心配したよ〜急に寝ちゃうんやもん」
「あ、ごめん…って、いた…」
「え、どっかいたいん?!大丈夫?」
「…あたまいたい、」


寝起きとアルコールの副作用でなかなか働かない頭を一生懸命回転させれば、かすかに記憶が呼び戻される。
緑谷君がオススメしてくれたカクテルがすごくおいしくて、でもなんだか急に酔いが回って視界がぐるぐるして…そこから記憶がない。今のお茶子の話からも、眠ってしまっていたのだろうか。


(せっかく久々にみんなと集まれたのに…)


我ながら最悪だ。年に1度の貴重な集まりなのに。
最近メディア出演に出動要請にとちょっと働きすぎていたからだろうか、いつもならこのくらいで酔いつぶれたりなんてしないのに。


「名前ちゃん、これからみんなで二次会行くんやけどどうする?」
「行きたいところだけど、ちょっと今日はパスかも…」
「じゃあ、私送っていこか」
「大丈夫。タクシー拾って自分で帰れるから…っいた、」
「ほら全然大丈夫とちゃうやん」
「でもお茶子は二次会あるし…ごめんだけど、お店の前までタクシー呼んでくれる?」


お茶子が毎年この日をすごく楽しみにしているのを知っているのに、私を送るせいで不参加にさせるなんてことはできない。頭は確かに痛むけど、吐き気はないしお店の外くらいまでなら自分で歩ける。
出口まで歩くべくゆっくり起き上がろうとしたその時、耳を疑う言葉が飛び込んできた。


「麗日さん、苗字さんのこと軽くして」
「ええけど、デクくんどうするん?」
「明日朝早いからもともと2次会には参加しないで帰るつもりだったし、僕が送ってく」
「おお、さすがデクくん!」


(え、え、)


待って、待って。
勝手に進んでいく話にお茶子はそれなら安心やわ〜なんてニコニコしてるけど。
2人きりになんてなったらだめだ。むりだ。


「え、ちょっと、」
「じゃあお二人さんまた近々ね〜」
「うん、麗日さんまたね」
「あ、お茶子…!」


制止の声をかけようとするも虚しくそれより早く、ぴと、とお茶子の手が優しく私に触れたかと思えばそのままふわっと身体が浮く感覚。
私に個性を使った犯人は手をひらひらと振って足早に店を出ていってしまう。


つい5分前までは手狭だった個室には、今はぽつんと取り残された私と緑谷君の2人だけ。


「み、緑谷君…」
「苗字さん大丈夫?気持ち悪くなったらすぐ降ろすから言ってね」


お茶子の個性のおかげで浮遊した私の身体がすぐにふわっと緑谷君の背中に背負われる。
飲み会の直前までヴィランと交戦していたと言っていたのに髪からはなんだかいい匂いがして、Tシャツ越しの背中は温かくて。


(いやいや、今はそんなんじゃなくて…)


「緑谷君大丈夫、自分で帰れる…」
「ごめんね苗字さん。でも僕が飲ませちゃったんだしせめて送らせて」
「でも二次会…」
「それは本当にもともと行かない予定だったから」
「……うう、」


(あ、そうだ)


アルコールで蕩けた思考の奥でふと思い付く。
今日この数時間で何度あのころの気持ちが顔を出しただろうか。
どうせ彼の背中から降りようと思ってもお茶子に軽くされた私の体は言うことを聞いてくれない。


(今日で終わりにしよう)


これは最後の想い出作りだ。だからこれはその気持ちと決別するために神様がくれた最後の時間。


「…ごめんね」


いつからこんな風にずるくなったんだろう。
もしかしたら1番変わったのは私かもしれない。


(大人になるっていやだなあ、)


そんなことを考えながらあたたかくて記憶の中より幾分か大きい彼の背中をキュッとつかんだ。