コツン、とグラスが子気味のいい音を立てたら、口の中に広がる甘味と今のこの状況についため息が漏れる。


「はあ、眼福。イケメン見ながら飲めるとか最高」
「そうか、俺も苗字の幸せそうな顔を見ながらだからか今日は一段と美味いなと思っていたところだ」
「ショート…!!」
「…名前で呼ばれると照れるな」


「いやいや轟、お前自分でそのヒーロー名にしたんじゃねえか」
「あいつら大丈夫…?」


テーブルの隅から上鳴君と響香の声が聞こえるけど気にしない。
爆豪君の言葉を借りるとするならば、今はモブの相手なんてしている暇はない。
…なぜなら今、私は今をときめくヒーローショートと杯を交わしているのだから。


「ねえそういえばこの間の特番観たよ、相変わらずかっこよかった」
「ああ、ありがとう。俺も苗字のCM観たがあれよかったぞ」
「そんな照れるからやめて…でも嬉しい」


何を隠そう私はヒーローショートのファンである。
それも彼がデビューする前から、クラスメイトの轟君だった時から私の推しヒーローは彼なのだ。


「まあ、お2人ともだいぶお飲みになってますけれど大丈夫ですか?」
「うん大丈夫、つまみが特上だからついすすんじゃって…百も飲む?」
「いえ私はお酒はたしなむ程度なので…」
「そっか、じゃあ轟君かんぱーい」


彼のことは入学初日に同じクラスに配属されたときからずっと目をつけていた。
一度見たら忘れないツートンヘアとオッドアイが印象的な美少年に一目見た瞬間目を奪われて、あ、もしかしてこの人の個性は[イケメン]なのかなぁなんてのんきなことを考えていた矢先。
体力測定と演習でその圧倒的な力を見せつけられて、今後絶対人気になるであろうヒーローランキング苗字名前調べに一気にランクインしたのはもうかれこれ10年も前のことだ。
ちなみに私は緑谷君とはヒーローオタクとして当時から仲がいい。


「あの時の心に闇のある初期ろき君も最高だったけど、今のまるくなったショートはもう完璧…」
「俺太ったか?」
「ああもうそんな天然なところも最高」


出会ったばかりのころは挨拶してもほぼ無視、仲良しごっこはしねえと一匹狼だった轟君にしつこく声をかけてクラスの中では比較的(一方的に)接点を持っていたけれど、緑谷君のおかげでいろいろと吹っ切れてからの轟君はそれはもう魅力の宝石箱や〜というほどに開花して、その中でも私の一押しはこの天然要素だったりする。


「俺はどちらかというと養殖ものだと思うが、」
「轟それブラックジョークすぎて笑えねえわ」


瀬呂君がすかさずツッコミを入れる。
うん、君はモブとしてなかなかいい仕事をしてくれるね。


「でも本当、予想以上のショート人気は嬉しい反面なんか遠い人になっちゃった気がするね」
「そうか?」
「うん、なんか子供が親離れしていくとき母親の気持ちってこんな感じなのかなって思う」
「いや苗字は俺の母さんじゃないだろ」
「こんな子供が欲しかった…」


彼のご家庭にいろいろとあるのは存じ上げているけれど、彼みたいな子がいたら私はもっと頑張るのに。
私の所属する事務所のボスであるウワバミさんにメディア向け採用と言われ切った私はどちらかというとサポート要員に回ることが多くて、あまり派手な結果は残せておらずショートをはじめとする実力派との実績にもうだいぶ差が開いてしまっている。もっと頑張らなくてはいけないのに、もっぱらメディア仕事ばかりをこなす日々だ。