人は皆俺のことを速すぎる男という。
あくまでも自分自身としては地元でマイペースにヒーロー活動をしているつもりでしかないのだけれど。
まあ人より“少し”器用で、そして狡賢い自覚はあるのだが。
ヒーロー緩和社会などと言われている中で平和の象徴が崩れ去った今、あれよあれよという間に俺はチャート2位というそれはそれは大層な栄冠を頂戴した。
齢22歳の俺がこの座に就くなんて、まわりのヒーロー様たちは日々何をしているというのだろうか。まったくもって疑問である。
まあしかしそんな栄冠も特に欲していたわけでない俺からしたら有難迷惑というもので。
有名になってフォロワーを増やしたいだとか、大金を稼いで長者番付に名を刻みたいだとかそんな野望はちっともない。
ただ世の中がよくなればいいと、それはいち国民として当然思うことではあるし、ヒーローと言えどただの1人の人間なので自分の大事な人が安心して暮らせる世の中にしたいとは人並みに思うのだけれど。
この仕事を命を賭して綺麗事するお仕事だという人も言うけれど、個人的にはその言葉には些か首を縦に振りかねる。
そんなことをしなくても、我々ヒーローが暇を持て余せるような世の中が来ればいいと、俺は本気でそう思っているのだ。
落とし物をしただとか飼ってたインコが逃げただとか、せいぜい警察様の手の届く範囲内の事件しか起こらない平和な世の中はいつか訪れるだろうか。
“個性”がある限り悪事を働く人間は0には決してならないだろうし、そうすれば“個性”を用いてその敵を撃つ存在が必要になる。
いわばヒーローなんて必要悪のようなものだ。
いっそ”個性”なんてなくなってしまえばいいのに。
そうすればもう誰も“個性”のせいで悲しみを背負う事がなくなるのだから。
そんなこと、夢物語だと知っているけれど。
18歳の俺がまだ事務所を立ち上げたばかりの頃の話だ。
その日は他事務所から応援要請で駆り出されて空の道を駆けて現場にたどり着くと、向かいの空中から同様に応援に駆け付けた女性ヒーローに出会った。
天使が舞い降りたのだと、思った。
白くて大きな羽を羽ばたかせて現場にたどり着いた彼女は、地上にいる時よりだいぶ近くに感じる太陽に綺麗な白銀の髪がきらきらと照らされて、ここが事件現場であることを一瞬忘れさせられてしまうほど美しかった。
その事件を起こした敵は俺たち同様羽をもった年頃のサラリーマンの男性だった。
忘れられないでいた元恋人の結婚式に乱入し花嫁を空に連れ去って、他の男のものになるくらいならいっそ殺してしまおうという心理で事に及んだらしい。
飛べる以外に特段個性があるわけでもなかった彼を捕まえるのはいともたやすくて、空高くから投げ出されそうになった花嫁も俺の個性で緩やかに地上に届けてあっという間に事件は解決に至った。
正直俺一人でお釣りがくるくらいの事件だったけれど、相手の個性の詳細がわかりかねる以上空中戦になるかもしれない事を想定してそれに適した個性の彼女にも一緒に要請が出されたようだった。
“飛べる”というのは特段強い個性であるわけではないけれど、可動域が広がることで対応できる案件は多い。
俺自身圧倒的なスピード感でヒーローとして知名度を伸ばせたのは紛れもなくこの個性のおかげであろう。
それは彼女にも言えることで、それなりの高校のヒーロー科をそれなりに優秀な成績で卒業して地元でそれなりに活躍していたヒーローの事務所にサイドキック入りして活動していた彼女も、将来有望株として俺同様重宝されていたようだった。
歳が同じで個性も近い、そして見目美しい彼女に俺が興味を持たないわけがなかった。
これでもし彼女が歳が同じだけとか、似たような個性であるだけとか、ただ綺麗なだけであったらきっと俺は興味を持たなかっただろうけれど。
その日からすっかり俺のお気に入りとなった彼女を、俺は事あるごとに応援要請やチームアップに駆り出した。
俺に来る依頼とくればこの個性を活かしたものが当然多いわけで、空で俺についてくることができるヒーローが彼女以外にいないから、と理由をつけて。
まあ彼女が到着する頃には俺の手で事件は大方解決してしまっているのだけれど。
呼び出しておきながらいつも一人で仕事を済ませる俺に最初こそ苦言を溢していた彼女も、いつの日からか「事件が早く解決するのはいいことだ」と笑ってくれるようになって、落ち合った後はパトロールと銘打って一緒に空の道を散歩して帰るのが俺達の日課となっていた。
まわりに誰もいない空間を2人で過ごせる空はどこより素敵なデートスポットだと思っていたし、彼女もなかなか気に入ってくれていたように思う。
彼女の個性は父親譲りだという大きな羽で空を自由に駆けることと母親譲りだという治癒能力で、不思議でそれでいて彼女にぴったりなすごく優しい個性だと思った。
そんな風に一緒にいることが増えて、さていつ伝えようかと思っていた気持ちへの彼女の返答に確信が持てた頃に俺は彼女に思いの丈を伝えて、返ってきた言葉は俺が予想した通りのものだった。
晴れて恋人同士になった時は柄にもなく嬉しくてまさに天にも昇る気持ちで、言葉通り天に昇って2人で喜びを分かち合った。
そしてそれを機に彼女を俺の事務所に移籍させることにした。
10代でのビルボードTOP10入りも果たして事務所も起動に乗っていたし、人生全てが順調に進んでいると思っていた。
いや、あの時は確かにそうだっただろう。
たった数週間後に、翼の折れた彼女の姿をみることになるその瞬間までは。
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