今日も今日とて慌ただしい1日だった。
大きな事件こそなかったものの11件ほど現場をハシゴして、通りすがりの人助けなんて合わせたら一体何人の人を救ったのだろうか。
俺はフォロワーでこそないけれど、かつてのNo.1ヒーローがインタビューで口にしていた話が頭に浮かぶ。
細かな言い回しは忘れてしまったけれど、余計なお世話がヒーローの本分、とのようなことを言っていた。
たしかにな、と思う。
俺自身利便性の高い個性のおかげでちょっとしたことにもついついお節介を焼いてしまうし、アメコミよろしくな彼とはタイプは違えどなんだかんだヒーロー向きなのかもしれない。
でも、本当に救いたいたったひとりの大切な人を救えていないのだけれど。
本日最後の現場から自宅に向かうべく空を翔ける。
数年前まではこうして一緒に空を飛んでいた翼の折れた天使は今は鳥籠の中に篭りきりだ。
きっと今頃空に想いを馳せながら1人で俺の帰りを待っているだろう。
今日も救った人の分だけ減って機動力の落ちた羽で精一杯家路を急いだ。
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「ただいま、名前」
「おかえりなさい、ホークス」
自由に飛べなくなってしまってからもいつも空ばかり見上げる彼女が少しでも空に近付けるように借りたこの部屋は、この地域では1番の高さを誇るタワーマンションだ。
俺自身地位にも名声にも興味はないし、こんなに派手なマンションに住むような趣味はないのだけれど、空を見上げる彼女の悲しい表情が少しでも晴れればいいとここに越して来て早1年が経つ。
当初は出来るだけ高い階の部屋にしようかと内見したのだけれど、さすがに数十階ともなると窓が開かない仕様になるようで、面倒臭くてエレベーターを待つのが嫌いな俺が直接部屋に帰れるようにバルコニーがある程よい階に住居を構えてなんだかんだ不自由なく暮らしている。
いつもより少し遅くなった帰りを、彼女は今日もバルコニーから空を見上げて待っていてくれた。
健気で愛しい名前が切なくて悲しくて、着地してすぐに抱き寄せた。
「ホークス、苦しいよ」
「…ああ、ごめん」
ごめん、と言っても離しはしないのだけれど。
少しだけ腕の力を抜いて小さな名前を抱きしめる。
俺の腕の中にすっぽりと収まってしまう名前は元から華奢だったけれど、俺が初めてこうして名前を抱きしめた時にはその背中には確かに大きくてしなやかな羽があった。
確かめるように片手で彼女の背中をなぞれば、薄手の部屋着の上からごつごつとした感触が指に伝わる。
「…っ、」
「…まだ痛む?」
「ううん、大丈夫」
俺の胸元から顔を上げてそういう名前の上目遣いの瞳は水分を多く含んでいて、子供の頃夏に飲んだラムネの瓶に詰められていたビー玉みたいで綺麗だと思った。
冷えたラムネを飲む時、確かにそのビー玉に触れて栓を開けるのに、最後に結局指一本触れられなくなってしまうのがなんだか無性に寂しかったのを覚えている。
「ごはん、できてるよ」
「うん」
今日は唐揚げだよ、と付け足して笑う彼女は鶏肉が好きではなかったはずなのに、一緒に暮らすうちにいつのまにか食卓に並ぶことが増えた。
克服したのかと問えば、もう"共食い"と言われないからと笑った彼女が悲しくて、無神経な自分を恨んだ。
「お風呂もわいてる」
「うん」
1番風呂はいただいちゃったけど、と言う名前からは俺と同じシャンプーの香りがする。
毎日朝晩食事を用意して、部屋を綺麗に整えて、俺が仕事に専念できるようにと何不自由なく暮らしを支えてくれる名前は、自由を失った。
彼女が好きだった空に近付けるようにと借りたこの部屋だって、もう飛ぶことが出来ない空への憧れを諦めきれなくしてしまっているのではないだろうかとすら思う。
名前はまるで高い塔に閉じ込められたお姫様みたいだ。
「部屋、入ろう?」
「…そうだね」
名前を抱きしめていた腕をほどいて、暖色の明かりが眩しい室内へ足を延ばした。
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