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声をかけられたと思う。

なんと言っていたかは、忘れてしまった。
というか、多分理解出来なかったので覚えることすら不可能だったのだと思う。

ただ あの“不快感”だけははっきりと覚えている。“私”という領分を侵そうとする・・・・・・・・・あの不快な感覚。

だから私はアレ・・を――…





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「で?なんで僕なのさ伊地知」

目隠しの男――五条悟は右手に持つ紙の束をもう片手ではじく。
資料には呪霊による凄惨な事件の数々が記載されていた。クリップ止めされた資料の束は3つ。直近半年程に起きた事件、十年以上前に起きた事件、それらの事件への関与が疑われる人物の詳細。

それらの資料を要約するとこうである。
『直近半年で起きた事件の被害者に“ある共通点”があり、現場に残された残穢を調べると直近の事件だけでなく十年以上前に起きた数件の未解決事件と残穢が一致し、関連を探っていたところ一人の人物の関与が浮上した』

そして五条が“何故自分なのか?”を問うた理由は二つあった。

まず一つ目はこの任務が調査・・であること。
祓う・・のであれば達成目標が明確な分 かかる時間も短くすむが、調査はどちらかといえば時間がかかりやすい部類の任務内容である。
何かを明らかにするためには資源としてある程度の時間をかける必要があることがほとんどだからだ。

二つ目は、五条が“特級”に分類される呪術師であること。
呪術師界隈では常に深刻な人手不足が問題となっている。当然、等級の高い呪術師はより希少である。
そんな状況下で強い術師に明らかな低難易度の任務や、難易度判明までに時間を要する任務を与えている場合ではない。

その二つの理由を考慮しても尚 五条に任務が振られるということは、渡された資料以外にも情報があり、その情報こそがこの任務を彼に振り分けるべきだと判断した材料であるということだ。

眼鏡を指で押し上げ、男――伊地知は口を開く。

「は、はい。なので、当初は3級の術師が調査を開始したのですが、彼女・・と接触しようとした際 2級相当の呪詛師と接触したそうです」

「なるほどねえ…んー…」

五条はわざとらしく考える素振りをしてから、資料を手にしたまま“降参”のポーズをとって軽薄な口調で言う。

「もうさぁ、その子・・・“クロ”でよくない?」

にんまりと笑ったまま、しかし声には少し真剣味を乗せながら続けた。

「って言ってるやつもいるってことデショ?」

「…はい」

件の事件の中心人物――“苗字 名前”は、現段階では最重要参考人といったところだ。が、限りなく疑わしい、つまり一連の事件の首謀者である可能性が高いのも事実。

そしてクロだろうとシロだろうと、名前がいなくなりさえすれば・・・・・・・・・・この事件絡みの呪殺は恐らく終わる。

であれば、最適解は『彼女を殺してしまうこと』であると主張する人物がいてもおかしくはない。むしろ自然だ。ただでさえ呪術師はその辺り・・・・の垣根が低くなりがちなのだ。

「今2級以上の術師で調査・・として受けそうなのが僕しかいないってーことね、りょーかいりょーかい」

五条は資料をパタパタと振りながら笑う。

「もしこの子がシロだったら、これ・・だけの地獄を歩いてまともに生きてるってのは中々イカれてる。クロならクロで、どんな呪いを使うのか見てみたい。楽しそうだ」

伊地知は力なく「はぁ」と相づちなのか諦めなのかわからない声を溢した。

「それに、」

五条は歯を見せて笑いながら親指を立てる。

「今回はなぁんかイーイ予感がするんだよね!」



210212
  

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