02
両親が死んだ。もう2年近く経つ。
親戚がばたばた死んだ。この2年で全員だ。
昨年の春から飼い始めたペットが帰ってこない。
住んでいるマンションの隣の部屋の住人が二人続けて変死した。
まあ、生きていればそんなこともある。
電車で隣の席の人間がくしゃみをする。そういう偶然が複数回起きているだけ。あまりにも不穏な内容だから“呪い”だの“祟り”だのと理由をつけたくなるけれど、あくまで“悪い偶然”に過ぎない。無差別に起きた“事象”に過ぎない。
ただ、そういった偶然に幼い頃より遭遇し過ぎて察知能力が鍛えられたのか、視覚的に捉えられるときがある。
化け物の幻覚として見えるのだ。その化け物たちは一様に気持ちの悪い姿形をしていて、意味のわからないことを言っている。
『げこぉぉのぅぅじじここくくくにぃぃなぁりぃぃぃぃましっすすすみぃやくぁぁにぃぃ』
ちょうどあんな具合だ。
「どうしたの?名前」
「ん?雪がちょっと残ってるなぁって」
ここは私――苗字 名前の通う大学内である。
キャンパスには自然が溢れているため、先週降った雪が木の根や校舎の陰、いたるところに残っている。
「あー、寒いもんねぇ」
「今日ももしかしたら降るかもって」
「どーりで寒い訳だ…でも雪合戦楽しかったから降るのもありか!」
最近同じ授業をとるようになって話すようになった友人は楽しそうに笑った。明るくて前向きで、そういった部分をとても好ましく思う。
『ちちちっとまってぇぇぇ、はややいぃぃよぉぉぉ』
芋虫のような幻覚は未だうるさく喚いている。
こういった気持ちの悪い幻覚はしょっちゅう現れるが、所詮は幻覚。ちょっと私の脳構造が特殊なだけだ。日常生活に問題がないのであれば構うこともない。
向こうからやってくるときだけ
対処すればいい。
「今度やるときは名前もやろうよ!めっちゃ楽しかったよ!そんで皆と仲良くなってぇ、そのままうちのサークル入っちゃえばいーのに!」
「雪合戦は都合がつけば勿論。でもサークルは入る予定ないかなあ」
「もう!絶対楽しいのに!私が!!」
「あはは、ありがとう」
『ああぁぁれぇぇぇ、ね、ね、っみえぇてる?みえぇぇてるぅぅよ、ね、ね』
幻覚がこちらを認識したらしい。いつもそうだ。こちらはなんのアクションも起こしていないのに、唐突に幻覚はこちらに干渉してくる。幻覚のくせに。
「……ちょっと寒くなってきたから、早く校舎入っちゃおう」
「?うん、そーだね」
次の空き時間で課題をこなすべく移動しているところだったので、ここで急に彼女から離れるのは不自然だ。
であれば彼女共々さっさとあの幻覚から離れる他にない。
『ぇぇえねええねぇぇええ』
急に幻覚が彼女に飛びついてきたので、慌てて彼女の腕を掴んで引き寄せる。
「ひゃっ?」
ゴッ!!
「なになにっ?えっ、うわ、え?」
「……」
芋虫は彼女にぶつかることなく、地面に激突した。激突された地面には鋭く抉れた痕跡が残る。
今までの経験で大体想像がつく。あの幻覚にぶつかると、後日なんらかの事故で亡くなったと判明するのだ。
例えば小学校のときに幻覚にぶつかった友人5人は、後日危険運転の車に巻き込まれて全員死んだのだと知った。
今回で言えば植木鉢とか、そんなところだろう。
「なんか落ちてきた?あれ?」
彼女は血の気の引いた顔で地面と空を交互に見やる。
「みたいだね。とりあえず校舎入ろう、危ないから」
「う、うん」
『まっでてぇぇぇ、ねぇえぇ、まっててててねぇねええぇ』
地面で蠢いていた幻覚は、今度は私に向かって飛んできた。
何度でも言おう。所詮は幻覚。所詮は幻覚なのである。
バヂンッ!!
「!!」
いつの間にか、目の前には高い影。
「やっほー。危ないところだったね」
影――目隠しをした怪しい風体の男が、私のすぐ目の前でひらひらと片手を振っている。
「……」
「……え?」
次いで足元を見ると、地面に叩きつけられた幻覚がボロボロと崩れ、虚空に溶けていくところだった。
当然隣に立つ彼女にはその幻覚の姿は見えていないだろうが、先ほどより大きく抉れた地面は見えているはずだ。
いよいよ泣き出しそうな顔をして呆然と固まっていた。
しかしその彼女をフォローする余裕は今の私にはない。
だって――
(幻覚が
人間に触れられるところを初めてみた…!)
「苗字 名前」
男は私の名を口にして、にんまりと笑む。
「ちょっとお兄さんに付き合ってくれない?」
210213
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