甘い夢を見たい


口の中で溶けるその味は、正に苦味。

彼らが知っている甘ったるく夢を見せてくれるような味などではなく、喉奥にツンと刺激がくるような、なんとも言い表せない感覚とビターなチョコの味だった。
ころり、と溶けてゆくチョコを舌先で転がしてカリッと噛み砕けばその味は更に広がり、先程までワクワク感に彩られていた二人の面持ちは微妙なものになる。

「…僕達にはまだちょっと早かったね」
「そうだね」

苦々しい顔を見合わせた二人は眉尻を下げて笑い合う。
まだいくつか残っているチョコを隠すように、フロイはさっと蓋をして赤いリボンを結んだ。それだけでも既に高級感の溢れるその箱だが、彼らはもう二度とその蓋を開けることはないだろう。
兄さん達にあげよっか、とフロイ。うん、と頷く月詠。少し気になっていたその味は、美味しいとも美味しくないとも言えない大人な味。

「大人になったら食べれるようになるのかな」

ぽつりと呟いたフロイを横目に、未だ口に残るチョコと僅かなお酒の味を流し込むようグラスに入った水を一口。

「私は食べられなくてもいい」
「え〜、僕は食べられるようになりたいけどな」

大人って感じがするし、と笑う彼が想像する姿は正に兄、ベルナルドのような人。フロイは兄を尊敬してやまない、そしていつかは兄のようにとまでも思っている。
きっと兄はこれくらい顔色も変えずに食べられるんだろうな、とその姿を脳裏に思い描いた。

「これを食べられるようにならなきゃいけないなら、何時までも子供のままでいい」
「確かに、僕も甘い方が好きだ」

しかし、月詠は違った。確かにベルナルドさんを尊敬しているが、それとこれとは話が別だと。
まだ味が口の中に残っているような気がしてたまらない月詠は、苦々しい顔のままフロイの理想を断ち切るようにそう言い切った。当のフロイは嫌な顔一つ浮かべず、月詠の言葉に頷いている。

「でも、知らないうちに食べられるようになってるんだろうな」

それでも、やがて食べられるようになる、とフロイは空を仰ぐ。月詠はそれを否定しない。いや、できない。
確かにそういうものだ。子供のうちはみな甘いものが好きだというのに、大人になれば苦いものや辛いものが好きだという人がほとんど。どういう心境の変化なのだろうか、と常々不思議に思う。

「子供のままって難しいんだね。大人になっても、ユイとサッカーできるかなぁ」
「それは私の方がしんどいと思うんだけど」

考えれば考えるほど、難しい。いつの間にか大人になってしまう身体に心もついてこられるだろうか。
サッカーが好き、という気持ちが変わっていなかったらきっと​───────。

真っ先に脳内で思い描く未来は彼女とサッカーをすること。思い浮かべてくすりと微笑むフロイ。反面で、想像して顔を顰めた月詠。
今でさえついていくのに精一杯なのに、大人になったら体力なんて更に無くなる。そうなってしまったら、絶対に無理だ。

「フロイはサッカー続けてそう」
「ユイがやってたらね!」
「それは私には続けろってこと?」
「冗談だよ。僕、サッカー好きだから」

だけど、彼女の思い描く未来の中では楽しげにボールを蹴るフロイの姿は絶対だった。それは今と変わらない笑顔を浮かべて。彼がサッカーをやめる、ということは彼女にとっては考えられないものだった。
そして彼も、どうやらその気はないようだ。

「変わらないといいね。見た目が変わっても、中身くらいは」
「うん、そうだね」

どちらからともなく身を寄せ合い、譫言うわごとのように呟かれたフロイの言葉に月詠は、目を伏せて小さく呟いた。

「ユイとの関係も」

そう言って突然顔を寄せたフロイ。それは一瞬の出来事だった。重なり合う唇、僅かに触れるだけの口付け。
目の前に大きく映し出された顔は綺麗に形整っていて、雪のように白く伸びる睫毛と見とれるほどに透き通るアイスブルーの瞳。顔がいいな、無関係なことが一瞬でも月詠の脳裏を過ってしまう。
「酔ってる?」と冗談めいて尋ねた彼女に対し「そうかもね」と惚けてみせたフロイは、目線をまじわせ再度笑い合った。