夜が彼等を化かした
────数日後。
再び集められた選手達は、合宿所へ向かうために用意された日本代表専用のバスへ乗り込んだ。
バスを囲むように周りには、選手達の見送りをしようと大勢のサッカーファンが集っている。
「隣、いいですか?」
「…構いませんよ」
一番後ろの席に座っていた月詠は、ぼんやりと外を眺めていた。
バス内は所属中学校ごとに別れており、日本の学校出身ではない彼女の隣は自然と空いていた。そこへ、声をかけた一星が好青年スマイルで尋ねると、月詠もにこりと笑顔で頷く。
しかし、それ二人の間に以上の会話は無く、月詠は窓枠に頭を預けると再び窓の外を眺める。一方で一星は、できるだけ端に寄り彼女と距離を開けて座る。
傍から見れば非常によそよそしいが、特に違和感はない。数日前に顔は合わせたものの、その時は特にこれといった会話を交わすことはなく終わった。
実質、初対面と言っても間違いないのだ。
軽い揺れに伴って、体も自然と揺れる。
バスが出発して、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
先程まで高層ビルが立ち並んだ都会の街並みは、一気に木々や森へと移り変わる。未だ走行するバスの中は賑わっていたが、彼女と彼の間は沈黙だけ。
そんな中でようやくバスが止まった。
ぷしゅーっと音を立てて開くドアに、選手達は立ち上がると、次々にバスを降りて行く。ようやくか、と一星が溜息を零すと同時に隣から声が掛けられた。
「早く降りて」
いつの間にか取り残されたのは、彼女と彼の二人だけ。
いつまで経っても席を立つ様子のない一星に月詠はたった一言、そう言い放つ。一星はきゅっと眉根を寄せたが、言い返したい気持ちを堪えて立ち上がると、エナメルバッグを肩にかけてバスを降りる。その後ろに月詠も付く。
緑の中に囲まれた大きな建造物。河口湖スポーツセンターは、これから日本代表の選手達が世界大会の試合に向けて合宿を行う場所だ。
「君達だろ?海外から参加した代表選手って。俺、
バスから降りた二人に気付いたのは、黒のツンツンヘアーが目立つ明るい少年だった。
二人の元へ駆け寄ってくると、自己紹介をした後にニコッと笑って手を差し出す。差し出された手を同時に見つめた月詠と一星は、横目でチラッと視線を合わせる。
僅か数秒、何の合図もなしに一歩前に出た一星。
身を乗り出して、差し出された手に自分の手を合わせる。軽い握手を交わしながら、一星は自己紹介を始めた。
「挨拶が遅れました。一星充です。ロシアのチームでプレイしてました」
「おぉー!じゃあ、君も?えっと、確か……」
海外でのサッカー経験がある彼に稲森は興味津々といった反応を見せ、次に彼の一歩後ろに立つ月詠へと顔を向けたかと思えば、すぐに空を仰ぎながら彼女の名前を思い出そうと何度も頭文字だけを口にし始める。
自分が選出されたことが嬉しかったあまり、他の選手達の事は一気に吹き飛んでしまった。けれど、彼女の印象は強かった。何せ、彼女は数少ない女子枠から選ばれた唯一の女子選手なのだから。
例え知らない相手だとしても、興味を引かれる出来事さえあれば嫌でも記憶には残るだろう。
「月詠優衣です。私は一星くんとは違ってアメリカでプレイしてました」
名前を思い出そうとする稲森の姿に、くすくすと笑い声を零しながら月詠は自己紹介をした。再度「おぉ〜!」と反応を見せた稲森はまじまじと視線を送る。
唯一の女子選手として選ばれたからには確かな実力を持っているのだろうが、それを感じさせないどこか抜けた笑顔。
一星といい月詠といい、二人の姿は好印象に映る。
「ロシアとアメリカか…どっちもサッカーがかなり強い国だね」
稲森の後ろで二人の自己紹介を聞いていた少年が微笑みながら声をかける。
氷のような水色の髪に紫苑色の瞳。整った顔立ちは、誰がどう見ても美少年と呼ぶに相応しいだろう。
一星は氷浦の言葉に対し、照れ臭そうに頭を掻きながらはにかむ。
「はい。ただ僕はまだまだ修行中の身ですが、海外経験を買われて選ばれたみたいですね」
「そっか。一緒に頑張ろう!」
「はい!よろしくお願いします!」
謙虚な姿勢を見せる一星。そんな一面に、彼への好感度は更に高まる。
稲森は今から共に世界を目指し頑張っていくのかとワクワクを募らせて、再び彼等に笑いかけた。
「これから俺達は、世界に向けて歩き出すんだな……」
「あぁ」
スポーツセンターの奥に
暫くして移動を始めた一行は、案内人に連れられて広い廊下を歩く。
物珍しそうに辺りを見回す選手達はやがて、大広間の様な場所に着く。部屋には彼等の到着を待っていたかのように佇んでいる男二人に、謎の被り物を被った少年が一人。
「みなさ〜ん!私が日本代表監督、
中華風な服を着る彼は、両手を少し長い袖の中に突っ込んでいる。緊張感など一切感じられない飄々とした男の姿を前に、選手達は整列する。
続けるように趙金雲は、一歩後ろに立っている二人を差す。
「そして此方がコーチをやっていただく久遠さんと、私の助手の子文く〜ん」
「よろしく」
「どうも」
コーチである久遠は眼鏡のレンズから覗く瞳をこちらに向けて一言。隣に立っていた子文も久遠同様に短く返す。
彼らの前に整列した選手達は礼儀正しく「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「そしてマネージャーは、私を雷門で助けてくれたお二人にお願いしました」
「
「
続いて紹介と共に姿を現したのは二人の少女。
橙色の長い髪を揺らしなが名前を告げた神門と、元気いっぱいな笑顔を称えた大谷。
「「みなさん、よろしくお願いします!」」
正反対の様に見えて気が合うのかもしれない二人は、声を合わせて選手達に挨拶をした。
「今回はそれに加えて、更にもうお二人にサポートをお願いしましたよ〜!」
「
「あんた達のご飯、アタシが作ったげるよ!」
そして、最後の二人。
以前、雷門中サッカー部に所属し、マネージャーはをしていた木野。つまり、大谷と神門からすれば先輩に当たる人物。
穏やかな雰囲気でぺこりと頭を下げる木野は、選手達に向かって柔らかく微笑みかける。隣で胸を張って宣言したヨネは、伊那国島から東京に来た稲森達が宿泊している木枯らし荘の管理人。
稲森と同じく伊那国島から来た剛陣は、彼女の登場に嬉しそうに笑顔を浮かべた。
それぞれの紹介が終わった後、選手達は早速、久遠から合宿中のルール説明を受けた。
違反した者は代表を除名される、その一言に選手達の表情は一気に引き締まった。
:
宿泊中のルール説明が終わると、部屋割りのくじ引きが始まった。
二人一組で一部屋を使用するようで、くじを引き終えた選手達は早速荷解きを済ませようと早急に出入口へ急ぐ。
そこへ、声がかかった。
「なあ、みんな!自己紹介しないか?」
そう言い出したのは、オレンジのバンダナが目立つ日本代表のキャプテン、円堂だ。
元気よく発されたその言葉に、その場を後にしようとしていた者達の足は一斉に止まった。
「俺達はまだ会ったばかりでお互いの事をよく知らないだろ?だから、これから一緒に戦っていく仲間として、チームメイトとして、お互いの事を知っておきたいんだ」
サッカーにはチームの連携も大事だ。それを深めるにはまず相手を知ること、そう語る円堂の言葉に周りも同調し始める。
「確かに、お互いを知るには丁度いい機会かもしれないな」
「くだらねえ…俺はいい」
フッと笑んだ鬼道。反面で面倒そうに頭を掻いた灰崎は、そのまま退室しようとする。背後から制止する声が聞こえるが、彼にとっては知ったこっちゃない。無視を決め込み、歩みを止めない灰崎。そこへ、「いいからいいから!」と彼の腕を掴んだ稲森が無理矢理みんなの輪の中へ戻す。
何すんだよ、と稲森を睨む灰崎だが、稲森はそんな彼を知らんぷりして円堂へ視線を送った。円堂はそれを合図にしたのか「じゃあ俺から!」と片手を大きく挙げて自己紹介を始めた。
────と言っても。彼の事を知らない者などここにはいない。
伝説のゴールキーパーという異名で通っている円堂は、誰もが知る有名人。中学サッカー界ではもはやスターとも言えるだろう人物。
円堂は身振り手振りでサッカーについて熱く語り、表情をコロコロ変えながら話をしている。自己紹介というより、サッカーの紹介をしているように感じられたが、誰もそこにツッコミは入れなかった。
円堂が話し終えれば、年長者から順番に自己紹介を続ける。みんなそれぞれ、好きな事や趣味などについて話す。
勿論、特に何も話さず簡潔に済ましている者もいるが、それはそれで性格が出ている。
そうして残り数人となった頃、月詠に声がかかった。少女はすくっと立ち上がり、一人一人に目を合わせながら口を開いた。
「月詠優衣です。ポジションは
ハッキリとよく通る声音で淡々と話す彼女の姿は、見た目や実年齢よりかは、少しばかり大人びて映る。
最後に体を折り、深々と頭を下げた彼女は人懐っこそうな笑みを浮かべた。
紅一点の彼女に一同の視線は釘付け。
一体どんな選手なのだろう、と興味津々な様子。その目は先程、彼女の前に自己紹介を行った一星に向けられていた物と同様だ。
「アメリカってことは、一之瀬と土門が居るところか」
「一之瀬と土門って、
円堂を含めた元雷門中サッカー部の面々が彼女の自己紹介で思い出すのは、
脳裏に懐かしき二人の姿を思い描く。
彼等がアメリカに飛び立って早一年、懐かしさに円堂の口からはつい名前が零れてしまったようだ。 月詠はそれを聞き逃さなかった。彼女もまた、同じ人物を脳裏に浮かべる。
彼等を知っているかのような彼女の口振りに、円堂は勢いよく身を乗り出した。
「二人を知ってるのか!?」
「もちろんです。お二人は向こうでも有名人なんですよ」
驚きが隠せず目をみはる円堂。その姿に笑みを零した月詠は、小さく頷くとアメリカにいた頃の話を少しばかり口にした。
彼等二人も彼女と同様にアメリカへサッカー留学をした身。しかし二人の実力は日本人ながら確かに目を引くものがあり、アメリカでは既に有名な選手となっていた。
彼女はアメリカでサッカーをしていたため、そういった情報は自然と耳に入る。アメリカにいた頃に思いを馳せているのか、月詠の目はどこか遠くを見つめていた。
「へぇ〜!そうだったのか!」
仲間である二人の活躍に、嬉しさを感じる円堂。流石だな、と呟けば、続けて月詠は口を開く。
「実は、一之瀬さんや土門さんからサッカーを教わったことがあるんです」
「そうなのか!?」
「丁度、そういう縁がありまして」
更に驚き。まさかの繋がりに、円堂以外にも二人を知る人物はとても驚いた様子で彼女の話を聞いていた。
先程から驚かされてばかりの円堂の開いた目は、もうこれ以上開かない。
「円堂さんのお話はお二人から聞いたことがあります。サッカーが本当に大好きで、熱血でみんなを引っ張る素晴らしいキャプテンだって」
友達であるからなのか、サッカーバカなど散々な言いぐさではあったものの、二人の顔は尊敬に溢れていた。
彼女の話に頬が緩む円堂は、少し気恥しくも、嬉しそうに頭をかいた。
「そんな円堂さんや日本で活躍するみなさんとサッカーができることが本当に光栄です。実力はまだまだですが、精一杯頑張ります。改めて、よろしくお願いします」
ぐるりと全員を見回した後、再びにこりと笑んだ月詠は、改めて深々とお辞儀をした。
やがて顔を上げると、緊張が解けたのかホッと一息ついた月詠は、静かにその場へ腰を下ろした。