稲実のトレーニング期間はプロ野球のオフ期間に似ていると思う。
チームの方針的にも個々の能力に重点が置かれているからか、チーム全体でのトレーニングが少なく 個人のメニューをやっていく時間の方が多い。
基本的には同じポジションのメンバーで集まってやることが多いみたいで、樹も先輩の捕手とトレーニング期間を過ごすと言っていた。
自分たちでメニューを決めて、それを監督たちに見せて許可が出たらそれをやるっていう形らしい。

「颯音!」
「はい?」

まぁ、俺は一人でメニューをやるつもりだった。
元々向こうでやっていたメニューを基盤に今必要なものを増やして 提出する予定だった。

「お前、俺のパートナーな!」
「は?」

けど、それはどうやら叶わないようだった。

「は?じゃねぇよ。お前は俺のパートナー」
「何言ってるんですか、鳴さん」

驚いていたのは俺だけじゃない。
周りにいた白河さんや神谷さん、樹も固まって鳴さんを見ていた。

「トレーニング期間は俺と過ごせって言ってんの。何回同じこと言わせんの?」
「いや、だって…なんで、俺が」
「お前の技術が必要だから」

俺が成長するためになって、彼は言った。

「とりあえずエース命令ね」

有無を言わさぬ彼は俺の腕を掴み、自分の部屋まで俺を連れていった。
正直、こちらに帰ってきてから まぁまぁうまくやれているとは思っていた。
しかし、これは…なんだ。

「とりあえず、俺がやりたいのはこーいうの」

決して綺麗とは言えない字で書かれたメニューはフィジカルトレーニングが主だった。
彼自身で考えた割に、ボールに触れるメニューが少ない。

「去年1年やってみてさ。やっぱ体ができてねぇなって思うとこが多かったんだよね。1試合投げきれるけど、やっぱ後半バテてるって思うところ多くて。」
「そうですね。この時期フィジカルトレーニングは大事だと思いますけど、このメニューだとバランス悪いと思います」
「どの辺が?」

彼のメニューの気になるところを指摘すれば彼はなるほどね、と珍しく素直に納得し新しいメニューに書き換えていく。

「んー、こんなもん?お前は?これ、やっときたいとかないの?」
「自分ですか?」
「そうだよ。俺とお前がやるメニューなんだから」

どういう心境の変化なのだろうか。
そんな疑問を抱きつつも、自分のやりたいことを伝えれば 真面目にそれを聞いてくれていた。

「おっけー。とりあえずこれで出そう」

成宮鳴 玖城颯音 と並んだ名前。
それはすごく違和感があった。

「なんか変更あったらまた伝えるわ。宜しく」
「あ、はい…。宜しくお願いします」





「どういう心境の変化なの?」

白河が俺にそう問いかけた。
提出したメニューは何箇所か指摘を受けて、それはすでに颯音に渡してある。

「別に」
「今までなら、なかったでしょ」
「…うるさいなー、もう」

白河はどうやら答えを聞くまで、俺を解放する気はないみたいだった。
問い詰めるようなその視線に俺はわざとらしくため息をついた。

「必要だからだよ、あいつの力が」
「勝つために?」
「そう。チームにも。俺が成長するためにも」

あいつは俺が持っていないものを持っている。
制球力であったり、フィジカルの強さであったり、メンタル面の強さであったり。

「あいつの持ってるもんを盗みたい。だから、あいつが近くにいる方が俺のためになるんだよ。ただ、それだけ」
「ふーん。認めてんじゃん」
「…認めてるに決まってんだろ。あいつは俺の次に、上手い」

意地を張るのはやめると決めたんだ。
勝つためにも、あいつのためにも。
このチームを選んだあいつの選択が間違っていなかったと証明するために。

「あいつが必要なんだよ」

白河は俺を見て 目を丸くしてた。
まぁ、俺がこんなこと言うなんて思ってなかったんだろうな。
ぶっちゃけ、俺だって こんな風に思うとは思ってなかったしな。

「鳴、お前さ」
「もういいでしょ!はい、この話はおしまい!」

颯音のとこいくから!と俺が逃げれば白河は何か言いたそうな顔をして俺を見ていた。

嘘はついてない。
彼の力が必要なんだ。
俺にもチームにも。
けど、本当にそれだけかと言われればきっとそうではない。
自室の引き出しの中にしまわれた一通の手紙。
それが、自分を動かすきっかけだった。



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