あれこれやっていたら思ったより時間が遅くなってしまった。
風呂が閉まる前にと急いで脱衣場に向かえば颯音が1人そこに居た。
シャツを脱いで顕になった上半身。
自然と、左肩に視線がいった。

「お疲れ様です、鳴さん。珍しいですねこの時間にお風呂来るの」
「色々やってたらタイミング逃して」
「そうだったんですね」

体の中で1番目立つのがあの左肩の傷だ。
肌の色は変色して、手術の痕も見受けられる。
オーバーは2.30球と言っていたっけ。
今日の3球くらいなら痛みは、ないのだろうか。

「颯音もこれから?」
「はい」
「じゃ、一緒に入るかー。なんか2人で入るの初めてな気するわ」

初めてだと思いますよ、と彼は笑ってズボンを脱ぐ。
それを見つめてしまっていることに気付いて思わず顔を背けた。

なんか、これやばいな?
今日の勝負の興奮を引きずっているのかもしれない。
いつもより心臓の音が大きく耳に届く。

「先入ってますね」
「あ、おう」

背を向けて大浴場のドアを開ける彼の背を盗み見る。

服を着ているとあまりわからないが、お手本のようについた筋肉。
痛々しい傷を除けば男は皆憧れる背中だろう。
じゃなくて!やばいやばい何見てんの俺。
男の裸なんて見飽きてんだろうが。

首を横に振って大きく息を吐き、雑に脱いだ服を籠に押し込む。
颯音を追うように大浴場に入ればシャンプーをする彼の姿が見えた。
隣に座って彼の左肩を盗み見る。
それくらい上げるのは問題ないのかな。
てか、オーバースローはダメでスリークォーターは良いなんてことある?
オーバーに比べれば肩に負担は少ないだろうけど確実に負担はあるはずだ。

「鳴さん?」

シャンプーを流した彼は不思議そうに首を傾げた。

「何かしました?俺」
「あ、いや。えっと…」

裸ジロジロ見てるやつにならない?俺。
いや、あながち間違ってないけど。
完全に変態じゃね?

「き、今日!なんかいつもと雰囲気違かった、から!俺とやった時」
「違かったって?」
「と、投球が…」

待て待て。
焦って何、口走ってんの俺?
これ知ってちゃいけないやつじゃん、バレちゃダメなやつじゃん。

「…鳴さん相手だったので、特別仕様です」
「なんだそれ」
「普段はやらないですよ」

なんで、なんてぽろっと口に出てしまった。
まるで今日聞いた事を彼の口から言わせたいみたいだ。
お湯に濡れてぺたりとした髪をかき上げた彼は咄嗟に目を逸らした俺を覗き込む。
至近距離で交わった 目を引く赤みを帯びた瞳が弧を描く。

「貴方が相手だったから」
「っ、」

心臓が鷲掴みにされた気分だった。
胸が苦しくて、心臓の音がより大きくなった。

「貴方の為に、投げたかったんです」

肩を痛めてまで?って思うのに。
どうしようもなくお前のその言葉に喜んでしまってる俺がいる。

「どうでしたか?あの3球」
「…一生、忘れらんねぇよ。すげぇ、興奮してた」

今、思い出してもそうだ。
興奮して熱を帯びた体が、鮮明に思い出される。

「お前は?」
「幸せでした。俺のエースの目に、俺しか映ってないと思ったら凄い優越感でしたよ」

颯音の濡れた手が頬に触れる。
そして、真っ直ぐ俺を見つめたままそれはそれは丁寧に輪郭を確かめるみたいに顎先までその指が滑っていく。

あぁ、やばい。
目を離せない瞳が、触れてしまいそうな彼の肌が。
なんかこれ、ほんとにやばい。
彼の体から目が離せなかったのは、多分彼の肩が気になったのもあったけどそれだけじゃない。
マウンドに立つお前に射抜かれたあの時から、俺はきっとこいつに奪われてしまった。
もう否定のしようがなかった。
だってさ、俺の今の心臓の音やばいんだよ。
今までで1番、速い。

「ありがとうございました、鳴さん」

初めて名前を呼ばれたあの日、感じたそれが今明確に俺の中にあって目を逸らせないほど大きくなってしまって。
俺はそれの名前を何故だが迷いなく、これだと分かってしまうんだ。

「颯音、」

好きだ。
好き、なのだ。
この男がどうしようもなく。
いや、本当はきっともっとずっと前からそうだったんだろうけど。
今日、あの瞬間に目が逸らしようもないくらいに膨らんでしまった。

頬に触れる颯音の手に触れる。
指先が熱くて、微笑むお前がいつもよりも目に毒で。
あぁ、どうしようもないなって。

「またやろ。いつか、もっと…大きな舞台で。1回から9回まで…最初から最後まで俺とお前で」
「はい」

声が震えそうだった。
喉の辺りが凄く熱くて、泣く前みたいな気分だ。

「今日以上に、お前を幸せにする」

彼の手を握りしめた。
Alfredさん、俺は何をすればいいのか どうすればいいのかまだ分からないけど。
それでも多分、迷うことはないよ。
彼を幸せにする。
野球もやっててほしい、そして願わくば俺の隣で彼に幸せだと笑ってほしい。

「これから、ずっと。俺がお前を…幸せにし続けるから」
「っ、…なんかプロポーズみたいだ」
「そうかもね」

そう言って笑った俺を彼は微笑んで、どこか悲しそうに頷いた。
幸せになってはいけないとお前が思っているからだろう。

「逃げんなよ」
「え、」
「俺がこのチームを去っても、お前が向こうに帰っても、それからどれだけ時間が経っても。逃げられると思うなよ」

握りしめた彼の手を「もう捕まえたから」と俺達の目の前に引っ張った。

「…なんか、怖いなぁ」
「おい、失礼だな」
「すみません」

逃げれませんよ、と彼は言った。

「貴方に出会ったあの日から、きっと。逃げ道なんかないくらい貴方の光が眩いから」
「そりゃ好都合」

恋愛感情なんて、いつぶりだ。
向けられることには慣れていても、向けることには慣れない。
それに相手はこの男なのだ。
上手くいく算段は全くないけど、やるしかないだろう。

「俺をお前のエースに選んでくれてありがとう、颯音」

肩の事は上手く逃げられたなぁ、とか。
風呂で、2人きりで何してんだって頭を抱えることになるのは 1人になって冷静になってからのことだった。

「……死にてぇ…」

気付いてしまった恋心を上手くコントロールできるようになるまで一体どれだけかかることか。
元より感情のコントロールが苦手だっていうのに。
頭を抱えてしまいたかった。

「切り替えろよ、俺…頼むから…」





「ねぇ!聞いてないけど!!アメリカ人なのお前!」
「日本人だよ、見てわかるだろ」
「けど、乾さんが!」

アメリカに住んでただけ、と返して眺めていたスコアブックをめくる。

「生まれは日本だけどすぐにアメリカに引っ越したんだよ」
「そりゃ探しても見つかんないわけだわ。お前みたいな投手知らないのがおかしいと思ったんだよ」
「俺を探して部屋、凄いことになってるんだって?」

なんで知ってんの!?と驚いたがすぐにわかったのだろう。
乾さん!!と電話の向こうで彼は咎めるように乾さんの名前を叫ぶ。

「それを言ったおかげで知れただろ」
「そーだけど!別に!普段は綺麗だから!今は確かに散乱してるけど」
「向井の部屋が綺麗でも汚くても、俺には関係ないよ」

部屋汚いってイメージつけたくない、と彼は言う。
そんなに大事なことかなぁ。
Joker'sのメンバーの中にも中々に部屋が汚い奴がいるし、あんま気にしないけど。

「今度部屋来いよ!そしたらわかるから!」
「いや、寮でしょ?行かないよ。てか、絶対に行く前に片付けるじゃん」
「じゃあ写真送ってやるよ、毎日」

いらない、と返して笑ってやる。

「てかさー」
「話変わるの急だね」
「うるさい。なんか機嫌良くない?」

向井は鋭いな。
先程の風呂での事を思い出して、つい口元が緩む。
彼がどういう思いで言ったのかは分からないけど嬉しかった。
鳴さんの未来に、稲実を卒業した後の彼の未来にどうやら俺の居場所があるみたいだったから。
そして、俺のエースだと口に出して言ってくれたから。
最近の態度とかで分かってはいたけど、ちゃんと認めて貰えてると言葉で受け取ることができたから。

「いい事が、あった」
「珍しい」
「確かにね」

もうすぐ鳴さんと出来る最後の夏が始まる。
寂しい、と思う。
やっと彼に信頼して貰えたのに、あと少ししかないのかって思ったらとても。

「…なぁ、俺と当たるまで負けんなよ」
「あぁ」
「怪我もすんなよ頼むから」

頑張るよ。
そう答えてまだ熱を持つ左肩を撫でた。
アップなしだったとは言え、長引いてるな。
薄々感じてはいたけど、前より悪化してるのだろう。

「お前とやるの楽しみにしてる」
「…ありがとう」
「こーいう時は俺も!って言えよ」

鳴さんと同じこと言ってるな、と自然と口元が緩む。
やっぱりなんか似てるんだよねこの2人。
言ったら2人共怒りそうだけど。

「俺も楽しみにしてるよ、向井とやれるの」
「言ったな?ちゃんと上がってこいよ」
「あぁ、そっちもな」

カウントダウンが始まる。
彼と過ごす最後の夏が始まる。
様々な感情を抱えて。


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