「最後は届かなかったが2試合とも日本の野球を見せることはできたと思う…。改めて今日、この場に集まってくれたみんなに感謝する。ありがとう」

アイシングを終えて外へ出ればちょうど監督の最後の挨拶の場面だった。
終わった後に交流会みたいなこともしていたし、意外と長引いていたのだろう。

「次に会う時は敵チームとしてライバルとして仲間として。そして高校最後の3年生として。後悔のない夏になるよう全力で戦い合おう」

大きな返事と共に拍手が沸き起こる。
それを外側から見つめていた俺に君も行けばいいのにとReynoldsは微笑む。

「敵ですし、一応」
「関係ないみたいだけどね。彼らには」

自分を手招く鳴さんにReynoldsは「ほらね?」と笑った。

「私はアメリカチームと一緒にもう移動するよ」
「わかりました。みんなによろしく伝えてください」
「オーバースローのことは内緒にしておいてあげるね」

彼はウインクをして、両手を広げた。

「また当分会えないだろうから、どうだろうか」
「喜んで」

彼の背に手を回す。
俺の背に回った手は、ゆっくりと俺の背を撫でそして左肩を撫でた。

「……何かあればいつでも連絡をして来るんだよ。私でも、彼らでも」
「はい」
「それじゃ、」

背を向けた彼から視線を鳴さんの方へ向ける。
穏やかな表情の彼は「お疲れ様」と俺に笑いかけた。

「お疲れ様です」
「最後、やってくれたね?」
「すみません…」

俺が楽しかったから許す、と彼は笑っていた。

「ムカつくけど完敗だしねー!次は負けねぇから」
「はい」
「はい、じゃなくて。そこは俺も負けませんじゃないの?」

時と場合によるので、と答えた俺に不服そうにしながらも怒ってはいないようだった。

「お疲れ、玖城」
「お疲れ様です、乾さん。怪我の方は…?」
「問題ない。心配をかけたな」

それならよかった、そう答えた俺の顔を鳴さんは窺うように覗き込む。
きっと心配をしてくれていたのだろう。
大丈夫ですよと伝えれば彼はその意味がわかったのか頷いて、話しかけてきた他の選手の方に意識を向けた。

「驚いたよ、米国チームで出てきたから」
「すみません。知り合いがいまして…欠員補填の為に声をかけられたんです」
「…米国に馴染みがあるんだな。チームメイトとも親しそうに見えた」

中学までは向こうに、と答えれば乾さんは驚いたのか目を丸くしていた。

「なるほど、そうだったか。いや、それならよかった」
「よかった、とは?」
「太陽がな、ずっと中学の頃の雑誌で君を探していて。……寮の部屋が酷い有様でな…」

向井ならやりかねないなぁ、なんて。
素直に聞けばいいものを。
けど俺も素直に答えはしないだろうから、お互い様か。

「隠しているなら言わないが、」
「大丈夫ですよ、向井なら。部屋、片付けるように言っておいてください」
「助かるよ」

安心したように彼は笑う。
それだけ、酷い有様なのだろうか。

「これからも、良かったら仲良くしてやってくれ」
「はい」
「それじゃ、また」

乾さんが離れたのを狙ったのか声をかけてきた御幸さんはにんまりと嫌な笑みを浮かべる。

「いやぁ、ほんとに面白いね。玖城くんってさ」
「そうですか」
「前に見た時はスリークォーターだったよね」

投げる素振りを見せながら御幸さんは首を傾げる。

「今日はオーバーだった。なんか違うの?」
「それ、わざわざ敵に教えると思います?」
「オーバーって肩に負担かかるし、それでサイドにする人も多いじゃん?玖城くんもそれなのかなぁって思ったんだけど」

もしそうならどうするんですか?と首を傾げ 探るような彼の目を真っ直ぐ見つめ返した。

「肩に怪我してる俺なら倒せそう、とかそういうやつですかね?目障りならここで壊していきますか?」

背負っていたバットケースを彼の方に差し出す。
それにぎょっとした彼はどういう思考回路してんの!?と俺のバットケースを押し戻した。

「そりゃなんか弱点探れねぇかな、とは思ったけど!誰が野球道具で壊すんだよ、人のこと」

焦ってる彼に返す言葉は見つからなかった。
彼の言葉は至極真っ当だ。
だが、彼の指摘した左肩を壊したのは今差し出したのと同じバットだったと思いもしないのだな、と。
分かっていた事なのに、知っていたことなのに どうしてだかとても距離を感じた。

さっきあんな話をしてたからかな。
Rexのチームメイトって言ってたっけ。
顔覚えてないけど、Rexなら覚えてるかもな。

「冗談ですよ」

俺は笑った。

「あまりにも御幸さんが俺を目の敵にしたがっているように見えたので」
「そんなつもりねぇわ…あー、焦った。なんだっけ、もう話飛んだわ」
「なんで、オーバーだったかって話ですよ」

あぁそうそうと納得した彼は意外と話逸らさないんだねと首を傾げる。

「左投げ、情報少ないでしょう?だから、今回も情報をあげない為ですよ。俺、オーバーでは投げないんで」
「なるほど。しっかり対策済ってわけね」
「はい。きっと役に立たないので忘れてもらっていいですよ」

釈然としないって感じだが 納得はしたらしい。
彼はいつか俺とも組もうねと笑って踵を返した。

「颯音、もうちょい待ってられる?着替えてくるから一緒に帰ろ!」

鳴さんが白河さん達と肩を並べ笑っていた。
それに頷いて待っています、と返せば彼らは俺に背を向ける。
その瞬間にすっと自分から笑顔が抜け落ちた気がした。
左手で顔に触れて口角を持ち上げる。

「…今日は色々あったな」

幸せだった。
あの瞬間、鳴さんしか見えなくなった。
周りの音もチームの勝敗もどうでも良くなった。
彼の目が俺だけを映していると思ったらどうしようもなく、胸が熱く 苦しくなった。
ナイスボール、と彼に言われて 全て手放してしまいたくなった。

「……いや、……幸せに死のうなんて、甘えか…」

どうせ死ぬのなら、俺を恨む人達に殺されるべきだろう。
それが1番、俺に似合う結末だ。





帰りの電車。
方向が同じ御幸が意を決したように鳴を呼んだ。

「言うべきか迷ったけどお前クセが出てたぞ。セットでもワインドアップでもチェンジアップの時だけグローブの位置が高くなってた…」
「へぇ、意外な展開。言っちゃうんだそれ…」

カルロの隣に座っていた颯音の表情が消える。

「こっちとしては持ち帰ってもらいたかったんだけどね。お土産として…」
「お前ら…まさかわざと俺にクセを…」
「そ!この時期にボールの軌道見られるんだからさ、タダで帰ってもらうわけにはいかないじゃん」

思わず舌打ちが零れる。
これだから気に入らないんだ、こいつは。

「けど意外だった。まさか俺に言ってくるなんて」
「当然だろ!?あんなわかりやすいクセ他のチームにだってすぐに気づかれるって」
「それって俺の事心配してくれたの?優しいねぇ」

俺の苛立ちに気づいたのか俺を見上げた颯音が笑みを浮かべる。

「つか結果としてタダで軌道見せたことになってんじゃん。どーしてくれんのよ!!」
「自業自得だろ」
「だって米国にナメられたくないじゃん!」

電車内に駅に到着するアナウンスが流れる。
ドアの前に移動しようとする御幸を立ち上がった颯音が呼び止めた。
耳元に口を寄せ何かを囁いた颯音に御幸の顔が強ばる。
そして追い出すように彼をホームに押し出した。

「何話してたの?まぁいっか。センバツは譲ったけどさ夏は俺達のモンだから」
「こっちだって譲る気ねぇよ」
「決勝か準決勝か。勝った方が総取り。夏を継続することが出来る。潰し合いだね」

ドアが閉まり、颯音はまたカルロの隣に腰掛けた。

「何言ったの?」
「ちょっと動揺しそうなことを」
「なにそれ気になる」

内緒ですと颯音は微笑んだ。

「何それ超気になるじゃん。てかさ、てかさ!最後の俺達の勝負めちゃくちゃ熱くなかった!?漫画みたいじゃなかった!?」
「そうだよ、それ。俺らにも本気出せよ」
「確かに…。鳴だけ特別扱いだったよね」

急に責められたからか驚いたのだろう。
珍しく目を丸くさせ彼は固まる。
米国チームにいた時は別人のように見えたが、こうやって見れば彼は彼のままだな。

「え、と…すみません?」
「いつか本気で俺らともやろうな」
「…はい、いつか」

颯音はそう言って左肩を撫でた。
その姿を見下ろす鳴が一瞬、顔に浮かべていた笑顔を消した事に気付いたのは俺だけだろう。
あぁ、なんか。嫌な予感がする。

それでも夏はもう、目前だった。




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