はじまり
世の中にはルールが多すぎる。
と、俺は思う。
「人を傷つけちゃダメ。」
「弱い者は守らなくちゃダメ。」
ガンッと鈍い音がして、倒れた黒い影。
「これは、"人"じゃ ないから 良し」
地面に少しずつ広がる血液が新しくしたばかりの靴を汚す。
「あーあ、」
折角新しいのを買ったのに。
汚れた部分に触れようとしたが、あ、これはダメだと一人呟く。
「個性は使っちゃダメなんだった」
カバンの中のウェットティッシュでゴシゴシと汚れた部分を拭う。
少し残ってしまったが、仕方ない。
「うぅ、、、」
地面に倒れたそれが呻き声を上げて動こうとしたのが視界の端に映る。
血を拭った靴でもう一度その影を踏みつけて、それの奥にあるダンボールに近づいた。
にゃーにゃーと力無く鳴く小さい毛玉が2匹、ダンボールの中にいた。
猫かな。多分、子猫。
「弱ってる?お腹空いてるのかな。猫って何食べるんだろう、、」
ダンボールを抱えて 暗い裏路地を出る。
「あ、それより。学校行かなきゃ」
とりあえずそのダンボールを抱えたまま向かった先は雄英高校。
ヒーローを目指す者は一度は夢見る学校。らしい。
無駄に大きな門を汚れたダンボールを抱えてくぐった俺はどうも悪目立ちしているらしく チラチラと同じ制服を見にまとった人たちに見られた。
とりあえず。職員室に行けばいいかな。
初めて入る校舎はまるで迷路のようで、勘を頼りに歩き回っていればようやく職員室を見つけた。
ノックをしてドアを開けば視線が一気にこちらに向く。
ここまで来たはいいが、担任も知らないのに誰を呼べばいいのか。
考えてもいなかった。
「どうしたんだ?」
声をかけてくれたのはドアを開けたときに目の前にいた髪のツンツンした人。
「すいません。子猫、拾って」
「子猫?」
彼は俺の抱えたダンボールの中を覗き込む。
「ちょっと待ってな。イレイザー!」
彼がイレイザーと呼んだ相手は黒い服に身を包んだ、少しやつれた男性だった。
「猫にはお前の方が詳しいだろ?」
「、、、まぁな。どこで拾った?」
「路地裏で、鳴いてたんです。なんか、弱ってる気がするけど、猫が何を食べるのか わからないし」
彼は俺をじっと見つめてから、ダンボールを受け取った。
「あとはこっちでやっとく。お前、新入生だろ?早く教室に行け」
「あ、はい。お願いします」
彼の腕に抱かれたダンボールの中を覗き込み、にゃーにゃーと鳴く猫の頭を指で撫でた。
「じゃあ、元気になれよ」
そう呟いてから、俺はぺこりと頭を下げて 職員室を出た。
▽
「どうすんだ?それ」
隣に立つプレゼント・マイクがダンボールを覗き込みながら首を傾げる。
「パッと見怪我もしてないし、お腹が空いてるだけだろうから。エサ買ってくる」
「おいおい、まじかよ」
始業まではまだ時間があるからな、と言えば彼は苦笑をこぼす。
「さっきの奴はイレイザーの受け持ち?」
「あぁ、蛟 血郷 。覚えてないのか?救助P一位タイの奴だ」
「あの子か。」
そりゃ猫も助けるか、と彼が笑う。
「とりあえず、エサ買ってくるから。見とけ」
「しょーがねぇな」
マイクに猫を預けて職員室を出れば、何故かまだそこにいた蛟に首を傾げる。
「何してんだ」
「あ、すいません。ここまでどうやって来たのかわからなくて」
なるほど、迷子か。
確かにこの学校は初めてくるには広すぎる。
「そこの階段上がって 左の1番奥がお前の教室だ」
「え?」
「1年A組の蛟 血郷だろ?」
あ、はい。と彼は目を瞬かせてから 頷いた。
「ありがとうございます」
人に好かれそうな笑顔を見せて、彼は足早に階段へ向かった。
それを見送ってから、学校の近くにあるコンビニで買い物を済ませた時聞こえてきたサイレン。
「またなんか事件か…」
▽
イレイザーさんに教えてもらった通り行けば1年A組の教室があった。
ドアを開けば、また視線が突き刺さる。
「ぼ…俺は私立聡明中学出身飯田天哉だ」
「ん?あぁ、よろしく。蛟血郷です」
俺の前まで歩み寄ってきて自己紹介をしてきた彼ににこり、と笑う。
「これ、席は自由?」
「今のところは、そのようだ」
「そうなんだ。ありがとう」
21個の机。
列から飛び出した1番後ろの机に荷物を置く。
クラス全体が見渡せるその席に座って、目に留まったのは見慣れた2色の髪色。
彼もどうやら俺に気づいていたようで、こちらを振り返り 視線で廊下へ出るように促された。
無視する理由もなく、廊下へ出れば不機嫌そうな彼が立っていた。
「おはよう、焦凍」
「遅かったな」
「ちょっと、色々あってね」
彼は怪訝そうに俺を見つめてから溜息をつく。
「血郷、ここでは俺の家族のことは話すな。俺とお前のことも」
「わかってるよ。わざわざ人に言うようなことでもないし、俺はここでも必要以上に焦凍と関わるつもりはないよ」
「それなら、いい。下手なことするなよ」
彼のその言葉に俺は微笑む。
「大丈夫だよ。心配しないで。上手くやるから」
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