普通

「血郷」

人使と別れて、帰路につけば家の前に見知った顔。

「こんなとこで何してんの、焦凍」
「話があってきた」
「…珍しいね、家まで来るの。入る?」

鍵を開けながらかそう尋ねれば、彼は頷いた。

「相変わらずだな」

彼の言葉に何が?と首を傾げる。
制服をハンガーにかけて、シャツを洗濯機に入れて スイッチを押す。
肌着代わりに着ているアンダーシャツの腕の辺りを彼が凝視しているのに気づき、そこをさすった。

「今に始まったことじゃ、ないだろ」
「そうだけど。悪化してないか」
「まぁ、それだけ月日が流れたってことだよ」

何か言いたげだったが、彼は話すのをやめて フローリングの床に座った。

「で、話って?」
「お前。さっき爆豪を 殺そうとしただろ」
「まさか。そんなはずないでしょ」

なんて、否定したところで意味なんかないんだろうな。
でなければ、わざわざ家まで彼が来るはずがないのだから。

「人に手を出すなと、言ったはずだ」
「わかってますよ」
「真面目に聞け」

彼の問い詰めるような声に溜息をついた。

「ちょっと鬱陶しいから、黙らそうとしただけだよ。殺そうなんて、してない」
「黙らすって…」
「こーやって」

彼に手を伸ばして、喉仏のあたりに手を添える。
少しずつ力を入れていけば、彼は顔をしかめていく。

「あいつは"人"だろ?なら、殺さないよ」

彼の首から手を離せば、少しだけ彼が咳き込む。

「殺しはダメ。人を傷つけちゃダメ。でしょ」
「っおまえ!本当にわかってるのか!?」
「なんで?誰も死んでないし、傷もできてなくない?」

は?と彼が動きを止めた。

「傷って、こういうのでしょ」

焦凍の左の目の横に手を添える。

「そうだけど、違う」
「何が違うの?」
「屁理屈だ、それは」

わからないよ、と俺は首を傾げた。

「お前、やっぱり 変だ…」
「知ってるよ。だから、"普通"でいようとしているんじゃん。あぁ、けど」
「けど?」

俺は今日、なりたくない"普通"に出会ったよと呟いた。

「なんだそれ」
「人使を追い詰める 奴」
「人使?誰だ、それ」

あんな風にはなりたくないね。
時に 人の"普通"は人を追い詰める。
中学の時もあったな。
いじめられている その人を見て見ぬ振りするのが"普通"だと。

「人使は…んー。あぁ、友達ってやつだと思う」
「友達…!?」
「うん。俺は そうあってほしいな」





血郷が、友達 と言った。
今までそんな言葉彼から聞いたことがない。
まずもって、彼が人に興味を持つことなんてなかったのに。

「血郷、」
「なに?」
「なんで、人使って奴は友達なんだ?」

俺の問いかけに彼は首を傾げる。

「会ったのはたったの2回だけど。一緒にいてもいいって…一緒にいてみたいなって思ったから?かな。そーいうのが、友達でしょ?」
「…そう、だな」

彼の口から こんなことを聞かされる日が来るなんて。
あの学校に通ったことがプラスに働いたのだろうか。
いや、けど 逆にこれで彼が 俺から離れていく理由を見つけてしまった。
今まで通りには、いかなくなっていく気がする。

彼は…俺の、
いや、やめよう。
彼が変わろうとしているなら受け入れてもいいはずだ。
今までにはなかった傾向ではあるけど。

「あまり羽目を外しすぎるなよ」
「大丈夫だよ。お前らの目に余るようなことはしない」
「…それなら、いい」

話はそれだけ?と彼が首を傾げた。
これは、帰れってことだろう。

「あぁ、いや。あと、学校でのことだが」
「それは焦凍が ルールを破ったんだろ」
「いや、わかってる。ただ、周りには知られないようにしておいてくれればいい。俺とお前は 同じ中学とだけ 伝えてある」

必死だね、と彼が笑う。
いや、嘲笑っていた。

「頑なに炎も使わないし」
「…お前には関係ないだろ」
「関係ないけどね。好きにすればいいよ」

邪魔したな、と荷物を持って立ち上がる。

「そうだ。体育祭にはあの人は来るの?」
「多分な」
「そっか」

来るのか…と彼は小さな声で呟いた。

「不満でもあるのか」
「いや、なんでもないよ」

彼の家を出て、大きな溜息をつく。

「ダメだな…」

血郷と上手く接することができなくなったのはいつからだろうか。
昔は、もっと…

「いや、このままで…いいんだろうな…」

昔に戻りたいわけではない。
戻るべきでも、ない。
アイツは、あちら側の人間だ。





青紫色に染まった右腕を撫でて、ふぅと小さく息を吐く。

「焦凍は、時々よくわからないんだよな」

彼が俺に何を求めているのか、わからない。
離れれば怒り、近づいても怒り。
それを隠せていると彼は思っているんだろうけど。

右腕に駆血帯を巻いて、翼状針を血管に刺した。
採血管に血が溜まっていくのをぼんやりと眺めながら もう一度溜息をついた。

「人でいるのは、難しいな」

いつまで経っても、上手く生きられない。


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