遺言
マザーから連絡が届く。
連絡といっても、完了報告のようなもの。
返事はいらないと最初に書かれていたから返してはいない。
自室のパソコンに映し出された写真。
残る人数は着実に減っていた。
「……首謀者はやっぱりガードがかたいのか……」
狙われていることを彼らも知っているだろう。
たとえ荼毘の協力があったとしても容易いことではないはずだ。
自分が手を下せば、事はもっとスムーズに運ぶだろう。
俺はそういう風に作られているのだから。
「人を傷つけちゃいけない……」
それが普通。
けど彼らは人ではないだろう。
だって彼らが、俺たちを人ではなくしたんだから。
別に彼らを恨んでいるわけではないだろう。
そんな感情持ち合わせてはいないのだから。
けれど、彼らを殺したいと 復讐したいと訴えた彼女のことはわかるのだ。
わかるようになった、というのが正しいかもしれない。
人の振りをして、人の感情を模倣して、気付けばそれが自分のもののように扱えるようになった。
感情が戻ってきたわけではないけれど、感情の解像度が上がったのだろう。
画面を切り替えれば映る過去の自分。
ブラッディと俺を呼んだマザーの声が聞こえた気がした。
「大丈夫だよ、マザー」
画面の中の自分に手を伸ばす。
「俺は人になってみせる」
コンコン、と扉を叩く音が聞こえた。
はいと返事をしても扉の向こうから返事は無い。
画面を消して扉を開けば足元に落ちた赤い羽根。
「……なんでここに」
それを拾い上げようと腰を屈めれば羽は俺の手をすり抜け部屋に入り込み、今度は窓を叩いた。
カーテンを開けば何かが反射して、思わず目を細める。
「光……?」
ホークスの姿は見えない。
だが、チカチカと光が不規則に動いている。
「モールス信号……?」
なんでわざわざそんな方法を?
前みたいに直接来ればいいものを。
敵に監視されているのか?
いや、違うか。
「公安に、か……」
彼のモールス信号を受け取り、窓枠に乗っかっていた羽を拾い上げる。
「わかりました。大丈夫です。どうであろうと、俺のやることは変わらないので」
き み は な い つ う し や
ね ら わ れ て い る
彼からの言葉はそう伝えていた。
内通者とはよく言ったものだ。
俺を死柄木たちとまとめて消してしまおうと思っているのだろう。
理由付けは殺してしまったあとにいくらでもできるだろう。
志村の名と、ステインのこと。
過去誘拐されたことも、いい理由になるだろう。
「アンタも難儀ですね」
そういう指示を直接受けたのか偶然聞いたのかはわからないけれど。
葛藤はあったのだろう。
だから、わざわざこんな方法で伝えにきた。
「自分でなんとかするので大丈夫です」
また光が反射する。
今度はなんだとその光を見つめる。
「ひ……?いや、ぴか。ぴ……あ……す……」
ピアス?
て、もしかして。
「……なるほどね。ずっと監視されてたってこと」
荼毘との接触。
そして、このピアス。
助けもせず ただ傍観し なんなら消されてしまえとでも思っていたのだろう。
「わかりました。ありがとうございます」
今更、外したところで意味はないのだろう。
逆にそれをすれば 彼が危うくなる可能性もある。
「お お き な た た か い き み は 」
死ぬ。
光は止まった。
大きな戦いがこれから起こる。
恐らく、死柄木弔たちを倒すために。
そこで俺を殺す算段。
窓を開けて手に持っていた羽を外に出す。
緩やかな風が彼の羽を揺らす。
マザーの存在はバレていない。
俺自身か、俺が誰かに繋がっているとは思っているだろうけど。
俺を殺すことで止まると思っている。
そうでなければ俺を捕まえて拷問するなり、彼女をおびき出す手段を取ったはずだ。
それなら好都合だ。
俺に彼らの意識が集中しているなら、彼女は自由に動けるはず。
そっと羽から指を離す。
ゆっくり落ちていたその羽は意志を持ち、光が差し込んでいた方へ飛んでいく。
「大丈夫だよ、マザー。俺が必ず貴女を守るから」
俺は、俺の方法で。
▽
やっぱり、と言ってはいけないか。
革命軍の監視も強まり、公安のこともあり自由に動けなくなった。
エンデヴァーさんのように本に載せる方法も考えたが、学生である彼にそれをすれば目立ってしまう。
そこで思いついたのがこの方法だった。
モールス信号なんて、俺でさえ滅多に使わない。
公安内での特秘のやりとりはまた別の暗号だし。
けど小さい頃教わったことではあった。
だから彼も同じように教わっていると思っていた。
俺からの言葉を受け取った彼の声は落ち着いていた。
全く驚いていないようだった。
彼の元から帰ってきた翼を手にしてくるりと回す。
あの反応からピアスはやはり荼毘から受け取ったもので間違いない。
だがその意図はやはり仲間の証拠ではないようだった。
「荼毘のマーキングってとこかな」
その瞬間を見ていた彼らは彼を助けはしなかった。
その事を彼も気付いただろう。
そして、自らが監視されていることを知っても 動揺を見せなかったことを考えれば彼は公安殺しの犯人では無い。
犯人に思い当たる節があるのかは声色からはわからなかったけど。
彼はこれからどうするつもりなのだろうか。
やることは変わらない。自分でなんとかする。
彼はそう言っていたけれど、殺されるかもしれないのに何故あんなに落ち着いているのか。
エンデヴァーさんが話していたことが事実で、人を殺める手段を彼が身につけていたとしてもそれは殺されるかもしれない恐怖を拭うものではない。
なのに彼の声はずっと平坦だった。
どんな過去を過ごせばそんな風になれるのか。
そんな風に、なってしまうのか。
救われて欲しいと思う。
その救いの手を俺は差し出すことはできないけれど。
どうか、誰かが救いの手を差し出して そしてその手を掴んで欲しい。
あれから何日か過ぎた日の昼過ぎ。
自分の携帯に非通知の着信があった。
「もしもし」
怪訝に思いながらも電話に出れば向こう側では風の音が聞こえた。
「……間違い電話や悪戯なら切りますよ」
『ホークス』
電話口の向こうの声は知った声だった。
渡した番号は捨てたと言っていたはずなのに。
『数字数桁、暗記できないような作られ方してないですよ』
俺の疑問を先回りして答えた彼は「1つお願いがあって」と言った。
「どうして俺に?」
『深い意味はないですよ。ただ、他に選択肢がなかっただけで』
今日も彼の声は怖いほど落ち着いている。
『これから先、もしも俺が死んだら』
「っ、」
『俺の骨を、みんなと一緒にしてくれませんか』
みんな、とはアテネの中にいた子達のことを言っているのだろう。
『アテネのあった場所に慰霊碑があります。そこに納められてる骨壷に俺も一緒に入れて欲しいんです』
まるで遺言だった。
『もし、骨さえ残らなければ…制服でもコスチュームでもなんでも構わないので。俺が生きていた証拠を彼らと一緒にしてほしいんです』
「どうしてそこまで……」
『生まれも、生き方も……死に場所も選べなくても……最期はアイツらと眠りたい』
それが俺の唯一の望みなんです、と彼は言った。
「約束する」
死なせない、とは言えなかった。
きっと俺は彼を守れないから。
『ありがとう、』
また風の音が聞こえた。
風に飲み込まれるくらい小さな声で、さようならと 彼は言ったような気がした。
▽
病院から帰ってきた彼はぺこりと連れ立って歩いていた校長に頭を下げた。
「ありがとうございました」
「これくらいなんてことはないよ。彼らのところに行くと、少しだけ君の表情が晴れる気がする。そういう場所はこれからも大切にしていくべきだよ」
「……はい」
振り返った彼は俺に気付くと「今戻りました」と表情を変えずに告げた。
「おかえり。今日も寄り道か?」
「はい」
「……明日も朝から授業だ。早く休めよ」
はい、と答えた彼は俺の横を通り過ぎ寮の方へと歩いていく。
「毎回どこへ?」
「……アテネ育児院のあったところだよ」
小さな歩幅で歩き出した校長の後を追う。
「あそこは彼にとっては故郷なんだ。生徒たちが親に連絡を取るように、会いに帰るように……彼にとってはあの冷たい慰霊碑に語りかけることがそれなんだよ」
「……校長は蛟が雄英に入る前から、アイツのことを知っているんですか」
「存在を知っている、ただそれだけだね。あの子の過去も胸中も……私は知らない」
きっと彼以外誰も知らないのだろうね、と校長は言った。
「これから先、誰かに打ち明けることもないんじゃないかな」
「……どうして、」
「誰にも侵して欲しくない大切なものだからさ」
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