日向サンが本格的に体力づくりの運動を始めた。
それと同じくらいの時期、翔の様子がおかしくなった。
トキヤと食事をした後、図書室に行くと集まっているいつものメンツ。
翔は後ろを向いて震えていた。
「高所恐怖症!!?」
驚いた声が聞こえて、納得した。
日向サンに憧れてるって前言ってたし、新人オーディションを受ける気なんだなぁって…
あれ?けど、あれって…
そこにレンも参加するみたいで女の子を置いて話に入っていった。
「…よくやるな…」
「あ、礫!!」
音也が全力で手を振っていた。
「何?」
「礫もやろうよ!!翔の高所恐怖症治すの!!」
「…別に、いいけどさ…」
自然を視線が七海の方に行く。
…まぁいっか。
七海に嫉妬してる私って…なんか汚いなぁ。
彼女はなにも悪いことなんてしてないのに。
そんなわけで始まった恐怖症の克服。
一番最初は高いところからのバンジー。
ここって、結構高いとこだよな…
「む、無理!!最初からこれは…無理!!」
「なぁ、四ノ宮。ゴム、もう1個ある?」
「ありますよー?」
怯える翔に内緒で自分の体にゴムをつける。
「え?礫も飛ぶのかい?」
「翔1人じゃ、流石に怖いかなって。楽しそうだし」
私は結構高いとこが好きだからね。
翔の立っているところに後ろから近づく。
「礫?…お、押すなよ?」
「押さないよ。ただ…」
「ただ…?」
「一緒に飛ぶ」
笑顔でそう言って、翔の腕を掴んで木の板を蹴った。
「う、うわぁぁぁあああ」
私は体を反転させて、翔を見る。
「大丈夫だよ」
「なんで、お前…平気なんだよ!!!」
翔の頭から離れた帽子をキャッチして微笑む。
「慣れてるから」
ま、結局私が楽しんだだけで失敗になった。
その後、高層マンションと高い橋、船の先端、スカイダイビングとやったが失敗に終わった。
一通りの策を試したが駄目で、七海は翔に水を渡すために買いに行った。
翔は高い、怖い、死ぬを繰り返し魘されている。
「ごめん、俺そろそろ行かなきゃなんだ。…あと頑張れ。翔、頑張れよ」
翔の頭を軽く頭を撫でて、私はそこを離れる。
途中で七海とすれ違ったが、気にせずに歩いて行くとトキヤが見えた。
「トキヤ、どうした?怖い顔」
「…礫は、さっきまで翔達といたんじゃないですか?」
「いたけど…まぁ、やっぱり…もやもやするから逃げてきちゃった」
そう言うとトキヤは困ったように笑う。
「さっき、七海さんに言われたんです。貴方には分からないと思うけど大切な夢なんだって」
「そ…大切な夢ね…」
「……礫…」
トキヤがそっと、頭を撫でた。
「平気、ですよ。私は…」
「なら…いいけど。昨日さ、思ったんだ。HAYATOも…最近辛そうな顔してる」
「っ!!?」
「…トキヤと、同じ…だな」
私が離れたあと早乙女さんのおかげでトラウマが治ったが、結局諦めたらしい。
まぁ、そうだよな…
今回の募集、妹役だもん。
****
最近、トキヤは辛そうだ。
疲れてるし、苦しそう。
それに比べて、レンや翔は七海のお陰か生き生きとしている。
私としては朱利の仕事が増えてきてCMやBGMによく起用してもらえている。
雑誌や音楽番組で朱利の素顔を予想するなどというコーナーが随分と増えてきた。
それと今は、日向サンが撮影のためにいない。
「トキヤ、平気?」
「え?あぁ…はい…」
うん、平気そうじゃない。
そう言えば近々HAYATOのライブがあるって言ってたっけ…
「トキヤ、今日…用事ある?」
「いえ、今日はありません…」
「話、する?」
トキヤは、微笑んで頷いてくれた。
そして放課後、私はトキヤの部屋にいた。
音也は翔や七海と遊ぶらしく帰りは遅いそうだ。
私はトキヤのベッドに座って、隣を叩く。
「ほら、隣…座れば?」
「…はい。飲み物、お茶でよかったですか?」
「あ、わざわざありがとう」
ベッドサイドに置かれたグラス。
隣に、トキヤが座った。
「どうしましたか?」
「俺よりも、トキヤの方が心配。最近寝てないだろ?」
「え?…よく、わかりましたね」
「いつも一緒にいるからな…で、何をそんなに無理してんの?」
お茶で喉を潤しながら問いかけると俯いてしまった。
「…トキヤって…HAYATO本人でしょ?」
「な、何を…言って…」
トキヤの顔を見ないで、言葉を続ける。
「…ごめん、1回…見たことあるんだ。スタジオで、トキヤが新曲の録音してるとこ…」
「そ、それで…どうして…」
「歌ってる姿が、トキヤだった。HAYATOみたいに…笑ってなかった」
「…………そう、です。私は…HAYATOという仮面被って…TVに出ています…けど…」
震えるトキヤの体を抱き寄せる。
今は、女であることを忘れて…
「疲れたんです…私は、歌を歌いたいのに…」
「それを…隠してたんだ…」
「すいません…」
背中に、トキヤの腕が回されて肩口が濡れる。
「…いいよ、無理矢理言わせてごめん…けど、トキヤの支えに…なりたかったんだ」
「っ…礫…私は、やり直しに…来たんです…もう1度、歌を歌いに…」
「うん…そう、だったんだ…けど、大変だよな…両立するの…」
疲れてる、心も体も…
ただ、変わらない温もりに酷く安心した。
「辛かったら、俺に言って…少しは心休める場所に…なれると思う」
「礫が、いなければ…私はもう、諦めてましたよ…けど、礫がいるから…ここまで…来れました…けど、」
「…大丈夫、俺にもっと頼って?」
小さく、頷いた気がした。
「俺ね、トキヤの歌…好きだよ。真剣さが、伝わってくる。けど…冷たい…歌いたいって気持ち…もっと乗せていいと思う」
「…私には、そんなこと…出来ない…礫にとって簡単なことでも…私にはひどく難しいんです……私は、礫じゃない…」
…私じゃ、ないから……?
なんだ、結局トキヤも。
私を特別扱いしてんだ。
「あ、いや!!その…そういう、わけじゃなくて…」
「………トキヤ、無理しないで…」
「、え?」
「少し、寝な?私は、トキヤの味方だから…辛かったら頼って?話、聞けて良かった…」
そっと体を離して微笑む。
「…ゆっくり、休んで?」
「礫!!」
ドアを閉めて、駆けだした。
無我夢中で走った先、校内の湖の畔に、蹲る。
「結局、みんなそうなんだ…言葉が、届かない。七海なら、同じ言葉でもトキヤに届くんだ…」
…もう、やめてしまいたい。
「にゃーん」
「…猫?…何しに来たの?」
猫は私に近づいて、膝の上に乗る。
そして、唇をペロと舐めた。
瞬きをした瞬間、猫は男になっていた。
「…やっと…会えましタ。ミューズに、愛されし者…」
「……ミューズって、歌の女神?…そ、私は歌の女神に愛されてるんだ…」
「どうして、泣いてるんデスカ?」
「……愛されてなければ…努力を認めて貰えたんだろうなって…」
その人は悲しそうに私の顔に手を伸ばす。
「そんなコト、言わないデ?」
「貴方、名前は?」
「セシルです」
セシル、か…やっぱ日本人じゃないのか。
「私は、女神さまの愛より人から愛されたいよ」
「私じゃ、ダメですか?」
「セシルが、愛してくれるんだ…」
セシルから離れて微笑む。
「…ありがとう、セシル…それが、戯言でも嬉しいよ」
「礫!!私は、本当に…」
「…私より、女神さまに愛されてる子いるんじゃない?貴方の愛は、その子にあげるべきだよ」
手を離して、彼に背を向ける。
水面に映った私の顔は酷く滑稽だった。
やっぱり、私はここにいるべきではない。
逃げたい。
左耳のピアスに触れる。
家の玄関に入ってすぐ、零れだした涙。
「誰も、認めてくれない…」
トキヤだけは、私こと特別扱いしないって思ってたのに…
私じゃないから、出来ない?…私には…出来るっていいたいんだ…
歌に気持ちを乗せるなんて…みんなやってるのに…結局、私だけ…
「助けてよ………もう、嫌…」
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