礫は酷く悲しそうな顔で飛び出していった。
追いかけたくても、体が動かなくて…
明日、謝ろう…そう思って…学校に行ったのにそこに礫の姿はなかった。

翔とレンも心配してた。
けど、住んでる場所も知らないから様子も見に行けないし…
それに日向先生は撮影で明後日まで帰ってこない。

「礫が無断欠席なんて…どうしたんだろうな」
「事故に巻き込まれたとかじゃないといいけど…イッチー、何か知ってるかい?」
「いえ…私は何も…」

昼休みになると音也や四ノ宮、聖川まで心配していた。
もちろん、七海さんも…

それに、誰も彼の電話番号を知らなかった。

私は、なんてひどいことを言ってしまったんでしょう…
彼が一番気にしていることなのに…


****


毎朝、家に電話をかけて礫の安否を確かめることが日課になっていた。
礫はいつも楽しげに話をしていたのに…
今朝は電話にでなかった。
もしかしたら早く学校にいたのかもしれないと昼に林檎に電話をかけたが今日は来ていないと心配そうに答えた。

「帰れるのは…明後日…礫、大丈夫か?」

一応、林檎に様子を見に行くように頼んだけど…


****


朝、日向サンからの電話が鳴ったけど出る気になれなかった。
今話したら、多分心配される。
ご飯も食べる気にならない。
テーブルの上にピアスを外してベッドに倒れ込んだ。

気付いたら随分と時間が過ぎていたらしい。
真っ暗になった外。
そして、玄関から聞こえる林檎ちゃんの声。

「礫君、平気!!?」
「…林檎ちゃんか…平気。少し体調悪くて…日向サンにもそう伝えといて?」
「わ、わかったわ。無理しないでね?」
「わかってる、ありがと」

ドアを閉めてベランダに出る。
高層マンション。
眼下に広がる風景の頬を撫でた風が、学校から飛び降りたあの日を思い出させた。

「お前、死ぬ気か?」
「え?」

突然の声に周りを見渡した。

「隣の、ベランダだ」
「あ…こん、ばんは…」

左右の瞳の色が違う綺麗な顔の人が手すりに頬杖をついてこちらを見ていた。
なんか懐かしい雰囲気…

「隣って、日向龍也じゃなかったか?」
「えっと…居候です」
「そうか…お前、死のうとしてたのか?なんか、今にも飛び降りそうだった」
「…そういうわけじゃ、ないです」

その人は興味なさげにそうか、と笑った。

「あの、貴方は?」
「俺は黒崎蘭丸。シャイニング早乙女の事務所に所属してる」
「そう、なんですか…私は、御幸礫です。早乙女学園の生徒」

黒崎さんが首を傾げる。

「私?…お前、女?」
「え?あぁ…一応は…学校には男として通ってますけど」
「ふぅん…?俺は女は嫌いだけどよ、お前はなんか嫌な気がしねぇ」
「ありがとう、ございます…」

黒崎さんは私を手招きする。
首を傾げながら近づくと頭に手が乗せられた。

「え?」
「話、聞いてやろうか?」
「いいんですか?」
「ま、飯作ってくれるならな」

ご飯?
…料理出来ないのかな?

「…口に合うかわからないですけど…何か作ってそちらにお邪魔してもいいですか?」
「おう、待ってるぜ?」


****


今にも飛び降りそうな奴がいたから、声をかけた。
こちらを見た瞳になぜか、目が離せなくなった。
全てに諦めたような…深い闇がある瞳。
ちょっと気になって話をすると女だとわかった。
けど、嫌悪はなかった。
男として生活してるからか?

ふざけて飯を作ってくれるなら話を聞くと言ったら、ちょっと待っていてくださいと部屋に消えて行った。

そして、チャイムが鳴る。

「おう、待ってたぜ?」
「おじゃまします」

ドアを開けて立っていた御幸。
あぁ、どっからどうみても男だ。
手にはお盆があってその上には何枚か皿がのっていた。

「何が好きか聞いてなかったので…冷蔵庫にあったお肉を軽く焼いただけなんですけど…あと、スープ、ご飯、野菜炒めです。」

丁寧にかけられたラップを外すと、美味そうな匂いがした。

「食っていいのか?」
「どうぞ、口に合うかわからないですけど…」

御幸はどうですか?と首を傾げる。

「美味い。お前、上手だな、料理」
「口にあって、よかったです」

無表情だった御幸は安心したように微笑んだ。
でも、どこか引き攣った痛々しい笑み。

「学校で、なんかあったのか?」
「え?あぁ…まぁ。信じてた人に、裏切られた…みたいな、」
「…そうか。そんなに、大事な奴だったのか?」
「…俺は、学校であんまりよく思われてなくて…そいつはそう思ってないって信じてたんですけど…ポロッと本音を聞いちゃって」

御幸の言葉に手を止めた。

「…もう、信じなきゃいいじゃねぇか。」
「え?」
「よく思われてないって、お前出来る奴なんじゃねぇの?いいじゃねぇか、孤高のアイドル。カッコいいと思うぜ?」

多分、仕事帰りにたまに聞こえた歌声はコイツのもんだと思う。
スゲェ、上手かった。

「お前の歌。何回か聞こえたけど…スゲェ上手いと思った。お前なら、1人でデビューできるだろ?きっと」
「現役の人に言われると…結構嬉しいかも」

御幸はハニカミながら笑う。
なんだ、可愛い顔できるじゃねぇか…
御幸は何か吹っ切れたのかやっと食事に箸を伸ばした。

「…黒崎さん、優しいですね」
「蘭丸でいい。お前の気持ち、なんとなくわかる。俺も、失ったんだ…色々」
「蘭丸さん…」
「家族も仲間もいなくなった。それでも、今はなんとなくつるむ奴もいる。だからさ、今は頑張れよ」

頭を撫でると嬉しそうに笑う。

「俺にも、家族はいないです。会ったことも見たこともない。孤児、だったんで」
「そうか…」
「けど、支えてくれる人がいました。まぁ、その人も死んじゃいましたけど」

笑いながら話すにしては少し重い話だな。

「けど、蘭丸さんに出会えて…なんか少し、楽になりました」
「そりゃよかったぜ。俺は飯食えたしな」
「…あの、また話、したい…んですけど…ダメですか?」

少し自信なさげに見上げる御幸の頭を少し強く撫でる。

「構わねェけど、俺でいいのか?」
「はい。俺にとっては頼りになる存在です」
「そうか…それならいいけど」

食べ終わった食器を片づけ始めた御幸はどこか嬉しそうだった。

「また、飯作ってくれるか?あんま料理する時間ねぇんだ」
「え?いいですよ。2人分も3人分も変わらないですよ。これからは俺が作るつもりだったし。朝昼晩希望なら、お昼はお弁当になりますけど」
「は?毎日、作るってことか?」
「え?あ、嫌ならいいんですけど…」

シュンとした御幸に俺は笑みが零れた。

「じゃあ、家にいるときは頼むわ。昼は、弁当で…」
「はい。お仕事あるときとか、どうします?寝てるときとか…」
「合鍵、渡す。お前なら、信用できそうだ。」
「信用に応えられるように頑張ります。じゃあ、俺が学校行く前に朝食と昼の弁当テーブルに置いておきます」

初対面の奴を信用するとか俺もどうかしちまったかもな。
けど、コイツは…なんとなく、俺に似ている気がして。
離したくないって思った。

「サンキュ。…そういや、日向はいないのか?」
「仕事で数日家を空けてます」
「そうか…まぁ、ここにいていいぜ。俺ちょっと風呂入ってくる」
「じゃあその間に、食器片付けてきます。寝るまで、ここにいていいですか?」
「あぁ、好きにしな」

風呂から上がると、御幸はベースを眺めていた。

「弾けるのか?」
「楽器は一通り習いました。ベースもドラムも、ギターも」
「そうか」

少し、話をして御幸は部屋に戻りますと立ち上がった。

「御幸、また来いよ」
「はい。あ、私…じゃなくて俺のことは礫でいいです。じゃあ、おやすみなさい」
「お休み、礫。あ、これ合鍵な」
「あ、ありがとうございます」

嬉しそうに笑った顔に、俺も笑った。
やっぱり、アイツの笑顔は可愛いな…
瞳は相変わらず暗闇みたいだけどな…
それもアイツの魅力か…


****


黒崎蘭丸さん…
部屋に戻った私は手のひらのカギを握りしめた。

「あの人に、似てる…」

日向サンよりも乱暴に髪をかき乱す手がどうしようもなく思い出させた。



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