新曲の準備が順調に進む中、私は普段気にもしないテレビを見て固まっていた。

「ここ…」

映し出された場所を慌てて携帯で調べる。

「…やっぱり…」

携帯で早乙女さんに電話をかけながら手帳を開く。

「まだ、空いてる…」

空白になったその日付にペンを走らせた。

『どうしマシター?』
「お願いがあるんですけど。今月の最後の金曜…休暇下さい」
『そのお願い聞いてあげたいのはヤマヤマヤマですがー、ユーには仕事が入ってマース』
「仕事?」
『イエスッその日は―――』

早乙女さんの言う仕事はマスターコース共通の休暇の付き添いだった。
木曜から金曜にかけてと言われて断ろうかとも思ったが、私の目的の場所に近いとわかったので一応引き受けた。
そして、その場所へ向かうバスの中…
ST☆RISHの騒がしさを聞きながらバスから見える景色に視線を向けていた。

「体調、悪い?」

隣の席に座る藍が私の顔を覗きこんでくる。

「礫君、酔っちゃった?」
「大丈夫か?」

後ろの席の蘭丸さんと嶺二さんも私の顔を見つめる。
「いえ、大丈夫です」
「無理はしない方が良いぞ」

藍の向こう側に座るカミュがこちらを見ずに言った。

「大丈夫です」

私はそう言って微笑んだ。

事務所の施設についてみんながバスから降りる。

「スゲェ…」
「レコーディングスタジオから温泉までスペシャルな施設だよん」

どこか楽しげな嶺二さんに苦笑する。

「久々の休みだぜ、満喫するぞ!!」
「シャイニングからの特別な計らいなんだからハメを外しすぎないようにね」
「わかってるよ」

藍の方が年下のハズなのにしっかりしてるな…
コテージに移動していくみんなを見送って、彼らとは逆方向を目指す。

「歩いてそんなにかからないって書いてあったし…平気かな」

まぁ、アイツらも蘭丸さん達がいれば大丈夫、だよね?


****


「何で俺たちまでアイツらのオフに付き合わなきゃなんねぇんだ」
「彼らだけにしたら何しでかすかわかんないからでしょ」
「フンッ俺達にとっても休日なのだ。各自好きに過ごせばよいではないか」

そんな3人の所に準備万端の嶺二が現れる。

「みんな盛り上がってるかい?ねぇねぇ、みんなで釣りにいかなーい?」
「「勝手に行け」」
「パス」

3人の言葉に嶺二が泣きだす。

「嶺ちゃん寂しい〜。礫君はどうする?て、あれ?そういえば礫君は?」
「あ?そういやバス降りてから見てねェ…」

4人が慌てて探そうとすると一斉に携帯が鳴った。

「…礫からだ。…用事があるので少しはずします。だって。」
「アイツ、ここまで来ても仕事か?」
「今日はオフだと言っていたが…」

4人は首を傾げる。

「なんか、今日の礫君様子可笑しかったし…心配だね」
「まぁ、大丈夫だろ」


****


目の前に広がる景色に頬を緩める。

「まさか、あるとはね…」

川に架かる橋を越えて、少し山を登った先にあった綺麗な湖と草原。
色とりどりの花が風に揺れて、花びらが水面をゆらゆらと漂っている。

「同じだ…」

湖の畔に近づいて足を止める。

「初めて見つけたよ…前の世界と同じ場所」

私が死んでここに来てから初めて見つけた前の世界と同じ景色。
ただ、似ているだけかもしれないけど私にとっては、唯一見つけた場所だった。
湖の上にかかる木製の船着き場に腰かけて足を湖の方に投げ出す。

右手に持っていたここへ来る途中でみんなに内緒で買った花束を太陽にかざしてから目を伏せる。

「時間になるまで、作曲でもしてようかな…」

私は黒いノートを開いた。


****


カミュの教えていた後輩の愛島がアイドルを目指すと決めたらしい。
しかもST☆RISHの一員として。
だが、今はそれどころではない。
辺りが暗くなり空に星が出たのに、礫の姿はいまだにない。

「蘭丸…」
「礫、どこ行ったんだ?帰って来ねぇぞ」

いつまでたっても帰って来ない礫。

「ねぇ、誰か礫君を見てない!?」

嶺二の言葉にST☆RISHの奴らも首を傾げる。

「そう言えば、今日は見てないですね…」
「そっか〜…」

連絡はしなくていいというメールは来ていたが…。
携帯を出して、礫の番号に電話をかける。

「礫?」
『蘭、丸…さん?』
「お前、今どこに居んだ?もう暗いしみんな心配して…」
『…バスを降りたところから、すぐの橋を渡って…その先にある、湖の畔にいます』

礫の声に首を傾げる。
この感じ、前にも…

「さっさと、戻って来い」
『…もう、少しだけ…』
「え?」
『…もう、少しでいいんです』

電話の向こうから風の音が聞こえる。

『あと、少し…』
「少しって…何時に帰ってくる気だ?」
『わかんない、です』

コテージで風呂上りに着た浴衣脱いで、私服に着替える。

「蘭丸、どこ行くの?」
「礫の所だ。なんか、嫌な予感がする」

礫に言われた通り、進んで湖が見えた頃…
時計は12時を回ろうとしてた。
やっと見つけた礫はただ真っ直ぐ湖を見つめていた。
その左手には大きな花束。

俺に気づいていない礫に近づいて行くと礫が喋っているのが聞こえてきた。

「…あと、少しだね」

花束を月明かりにかざしながら礫が呟く。

「朱利が好きな花、集めてみたんだけど…どうかな?気に入ってくれる?」

朱利って、アイツの…死んだ恋人?
携帯の時計が12時を知らせる。
アイツ、1日中ここにいたのか?

「…2年だね、朱利。朱利が死んでから…2年もたったんだね…ここ、覚えてる?二人で、来たあの場所に似てない?」

時計を確認した礫が呟く。

「本当はさ、朱利のお墓にこの花束を供えたかったんだけどさ…」

花束を礫の細い指がなでる。

「ここに、朱利の墓はないから…だから、ここから朱利の場所に届いたらいいな」

湖に投げ入れられた花束がゆらゆらと水面で揺れる。

「あの時、死んでなかったら…ちゃんと朱利のお墓参り行けたのにね」

…死んでなかったらって、1度死んだみたいな言い方じゃね…?


「考えても、いなかったよ…朱利のいない世界で生きるなんて」

強く吹いた風が礫の頬に伝う涙をさらって行く。

「ポッカリ、穴が開いたままなんだ…朱利が死んだあの日から。何をしたって埋められない穴があるんだ…けどね…なんでかなぁ…」

礫の声が小さくなって、少し離れた俺には届かない。

「最近、思うんだよね。過去のない俺が未来に生きるには、現在に存在するにはどうすればいいんだろうって」

…過去がない?
わけわかんねぇこと言ってるよな…

「みんなに、いつまで隠せると思う?早乙女さんは気付いてるのかな?…私が」

また強く吹いた風が今度は礫の言葉をさらっていく。
私が、なんだ?
アイツは、なんて言おうとした?
礫が隠してることって…

「蘭丸、さん?」

振り返った礫がこてんと首を傾げる。

「どうして、ここに?」
「…心配だったから、迎えに来た」
「ありがとう、わざわざごめんね」

礫は頬に伝う涙を拭ってこちらに歩いてくる。

「あの、花束…」
「ん?あぁ…あれは、いいの。これで…唯一の、場所だから…ここが」

礫はそう言って微笑む。

「帰ろうか…」
「あぁ」

歩き出した礫の後ろ姿を見つめる。
さっきのは、一体何だったんだ?
何もなかったみてぇな、顔してるし…

「今日、命日なのか?朱利の」
「うん」

礫が足を止めて、俯いた。
微かに震える背中は、いつも見てるよりも小さい。
やっぱり、礫は女なんだな…
震える背中を後ろからそっと、抱きしめる。

「…辛かったな」
「…うん」

礫の前に回った腕に、礫の手が触れる。

「朱利のね、居ない世界に幸せなんかないと思ってた。今でも心には穴が開いたままなんだ…」
「礫…」
「なのにね、なんでかな…この世界に大切なものが増えすぎちゃってさ…けど、それじゃ穴は埋まらなくて…」

ポタポタと、礫の頬を伝った涙が俺の腕に落ちる。

「どうしたいか、わかんないんだ。どうすればいいか、わからないんだ…ねぇ、蘭丸さん…」
「…たまには、何もしなくてもいいんじゃねぇか?お前は、頑張り過ぎなんだよ」

この両腕にスッポリ収まる礫の背中に一体どれだけの重荷を背負ってる?
一体どれだけの重圧に耐えてる?

礫が俺の中で特別なのは初めて会ったとき方なんとなく気づいてた。
けどこんなに特別な存在になるなんて思ってなかった。

「俺の前では…無理なんかしなくていい」

こんなに、愛しいと思うなんてな…
礫を抱きしめる腕の力を少し強くする。

好きだ、礫。
言葉には出来ない想いを心の中で繰り返した。

好きなんだ…お前のことが…


****


寝付けなくて、フラフラと散歩していたときに見えた光景に足を止めた。
湖の畔。
涙を流す礫を抱きしめている黒崎さん。
胸がキツく締め付けられた。

「礫…貴方は」

黒崎さんと、そういう関係なのですか?
聞けるわけがない、そんなこと。
あの時、礫から離れていなければ…そこに私はいられましたか?
過ぎて行った時間を思い出してまた、苦しくなる。

「…好きです、貴方のことが」

ずっと秘めていた想い。
伝える術など私は持っていなかった。
翔のように素直だったら、黒崎さんのように真っ直ぐだったら、レンのように沢山の伝え方を持っていたら…
私は、貴方に好きだと伝えられましたか?

「諦められるわけ…ないじゃないですか…好きなんです。好き…」

溢れ出しそうなこの想いを、貴方に伝えることは許されますか?



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