白鳥沢に負け、春高を目指し練習を再開してすぐだった。
監督に呼び出され、応接室に行くようにと言われた。

「…応接室なんて、使うことあるんだ…」

そんなことをぼんやりと考えながらノックをして、部屋に入って私は足を止めた。

中にいた大人の人に私は見覚えがあった。

「こんにちは、寿麗亜さん」
「……こんにちは」
「どうぞ、座って」

無駄に豪勢なソファに腰かけて、視線を向ける。

「会うのは初めてだね」
「…はい。けど、お名前は知っています」
「そうか。それは嬉しいね」

人のいい笑顔を見せて、なら話はわかっているかなと首を傾げた。

「…まぁ、なんとなくは」
「そうか。君に、U-18合宿に参加してもらいたい」

真っ直ぐと目を見つめられ、告げられた言葉。
私は膝の上に乗せていた手をぎゅっと握りしめた。

「中学3年の全中以降姿を晦ましていた君を、偶然足を運んだ男子のIH予選で見た時はびっくりしたよ」
「…そう、でしょうね」
「あれだけ世間を賑わせた君がマネージャーをしていた。けど、プレーは昔と変わらずできるみたいだね」

…あのWUの時か。

私は視線を少し逸らして、小さく息を吐いた。

「残念ですが、昔のようなプレーは私には出来ません」
「戦列を離れたから?」
「いえ。膝と肩の故障です」

隠した所で、意味はない。
真実を口にすれば驚いたように目を丸くした。

「故障?それは本当に?」
「本当です。故障してなければ今だって選手を続けています」

確かにそうか、と彼らは呟いて。

「今、プレーはどれくらい?」
「以前と逆の踏み切りである程度昔のようなスパイクは決められます。けど、足の状況的に止まることのできないコートの中、走り続けることは無理です」

無理。
自分の言った言葉に、引っかかった。

無理…と決めたのは、誰だ?
私…だ。

「サーブは、昔と変わらず」
「…そうか。その怪我、治る?」
「え?」

私は顔を上げて目を瞬かせた。

「前のように、とは言わない。けど、1プレーでもコートの居続けることが出来るくらいには治る?」
「え、あ…」
「君の怪我のこと、正直驚いてる。けど、君は日本代表に必要だ」

真っ直ぐ私を見る目に、私は手をぎゅっと握りしめる。

「たった1プレーでもいい。君が1点、決めてくれれば必ず流れは変えられると…思ってる」

視線を伏せて、唇を噛んだ。
若利の声が聞こえた、気がした。
お前は…誰よりも勝利に餓えたケモノだ。
あぁ、確かにそうなのかもしれない。
心は怖いと叫んでいるのに、ドクドクと鼓動は速くなっていくのを感じた。

「君が参加してくれるというなら、東京の有名なリハビリ施設に紹介状を書こう。ここからじゃ毎日はいけないかもしれないが週に1回でも行ければ…」
「…私が、力になることはできますか?翼の折れた私でも、また…勝利を掴みとれますか?」
「君がそれを望むなら。必ず」

私は自分の膝を撫でる。
今も練習をすればすぐに痛む膝。

「……少し、時間を下さい。ちゃんと考えさせてください」
「そうか。いい返事を期待してるよ」

決まったらここに連絡をくれ、と机の上に1枚の名刺が置かれて2人は出ていく。

「あぁ、そうだ」
「はい?」

出ていこうとした彼が振り返って微笑んだ。

「君は鳥じゃない」
「え?」
「翼が折れても死にはしない。空がある限り、君が飛びたいと思う限り…また跳べるんじゃないか?」

バタンとドアが閉じた。

「空がある限り…また、跳べる…」

最近、こんなことばっかり。
てか、若利が悪いんじゃん。
まぁいいけど。

膝を撫でて、溜息をつく。

「また次、この足で飛んでスパイクを打ったら日常生活さえできなくなる」

医者に言われた言葉だ。
及川にも、これを伝えた。
けど、1つだけ…嘘を吐いていた。

「…今のまま、飛んだら…」

リハビリをすれば、何とかなるかもしれない。
それはずっと言われていたこと。
リハビリ施設も昔のような選手に戻れるかも、と言われた。

それを断ったのは、私。
中学時代怪我をして入院して。
選手に戻れるまでのリハビリをしなかったのも、私。
あの頃はただコートに戻ることが怖くて。
逃げ道をくれた及川に縋った。

「けど、」

このままじゃダメなんだ。
このままで、いたくないんだ。

けど、私は…青城のマネージャーだ。

「あーもう…」

どうすればいいんだろう。
私は立ちあがって、応接室を出た。

悩む時間はくれた。
とことん悩もう。
間違った選択をしないように。
後悔をしないように。

あの日。
及川たちが負ける姿を見ながら感じたあの悔しさ。
どうして自分がここにいるんだろうって、思った。

「私がいるべき場所は…」

どこなんだろう。
少し長くなってきた髪をかき乱して大きなため息をついた。
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