「ハルちゃーん、早く早く!!」
桜の木の下に佇む遙さんを渚が呼ぶ。
「今行く」
そう答えた遙さんはしゃがみ込んで地面に何かを書いて行く。
「何してるんでしょう?」
「あ、あの木もしかして…」
「あぁ、そう言えば似てるね」
何に似てるんだろう?
くぁと小さく欠伸を零す。
御子柴さんと話し込んだせいで少し眠い。
携帯の中にちゃんと登録された御子柴清十郎の文字。
なんだかんだ言って同じ競技に出ていたせいか話が合って、いつの間にか交換することになっていた。
歩き出した真琴さんたちの後ろを追いかけながらもう1度欠伸を零す。
「ねみぃ…」
会場に入ると空気が変わる。
「わぁ、大きいね」
「人もこんなに…」
4人の瞳が輝いたのが見えて小さく笑った。
「よぉ、来たか」
「おはようございます」
俺達の元にやってきたコウと笹部さん。
「おはよう」
「はよ」
挨拶を返して、視線をプールに戻すと横から真琴さんの笑い声が聞こえた。
「凛、まだ来てないみたいだね。もすぐ来るよ、きっと」
「あぁ」
2人の会話を聞きながら俺は視線を伏せた。
凛が泳がないこと知ったら…彼はどうなるんだろう。
「応援席確保完了です」
「ありがとう」
「じゃあ、行くか」
花村さんと目が合ってひらりと手を振れば笑って振り返された。
「今日勝てれば全国大会」
「勝てるかな?」
「お前らァ!!ビビッてどうする!!後先のことは考えんな!!もっとフリーでいいんだよ、フリーで。お前たちの思うがままに、自由に、後悔のないよう泳げ」
「「「「「はいっ!!」」」」」
開会式を終え、試合が始まる。
「あ、次…凛ちゃんだよ」
「あぁ」
「お兄ちゃん、頑張れー」
コウの言葉を聞きながらプールに視線を向ける。
ここでいつも通りの泳ぎが出来てなかったら…きっと凛は折れている。
そのときは…
視線を遙さんの方に向けた。
「どうした?」
「いえ…何でもないです」
笑いながら答えて、凛を見つめる。
スタートの合図が鳴る。
「スターと出遅れた!!?」
「凛ならターンで取り戻せる」
やっぱり、いつもの泳ぎじゃない。
苦しそうで、もがいているように見えて俺は目を逸らした。
オーストラリアで…俺が目を逸らした凛の姿。
もう、目を逸らしちゃいけない…か。
もう1度、視線を凛に向ける。
「あの時も…苦しんでたんだな…1人で…」
俺の声は誰にも届くことなく歓声にかき消された。
「どうしたんだ、凛のやつ…」
「お兄ちゃん…」
コンディションがベストじゃないと言うよりは、最悪だな…
凛の姿を見て耐えられなくなったのか遙さんが走り出す。
それをみんなが追いかけていく。
「コウ…」
「朱希君…お兄ちゃんが…」
泣きそうなコウの頭を優しく撫でる。
「ねぇ、朱希君…私のことはいいから…」
「え?」
「お兄ちゃんの所、行ってあげて…きっと、お兄ちゃんには朱希君が必要だから」
泣きそうな瞳が真っ直ぐ俺を見つめた。
「けど…俺は」
「いいからっ!!」
「……わかった」
俺に出来ることはない。
昨日御子柴さんと話した通り、俺じゃ凛を救えない。
それでも…
「泣き顔は見たくない…」
走り出して、凛を探す。
遙さんたちが足を止めて立ちすくんでいるのを見つけて俺も足を止めた。
「もうどうなったって構わねェ!!所詮おれはこの程度なんだよ!!だからリレーも外された!!もういい、やめだ!!水泳なんてやめてやるよ!!」
横にあったゴミ箱を蹴り飛ばして歩き出した凛を一度こちらを見た似鳥が追いかける。
「凛ちゃん、メンバーから外されたってどういう事?」
「決勝に残れば凛と勝負できると思ってたのに……ハル…」
遙さんの体から力が抜けてその場にしゃがみ込む。
「俺はもう…凛と泳げない…」
「ハル…」
「ハルちゃん…どうしよう、もうすぐメドレーリレーの予選始まっちゃうよ」
「とにかく今は俺達の試合に集中しよう」
真琴さんの言葉に渚が遙さんに視線を向ける。
「でも、ハルちゃんが…」
「皆さんに話しておきたいことがあります」
暗い雰囲気が俺たちを包み込む。
思いつめた顔をしていた怜が口を開いた。
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