御影視点

「泳がないって約束じゃなかったんですか」
「大丈夫。タイムトライアルって言っても練習だしちょっとくらい遅くても平気だから」
「だから、そういう問題じゃなくて!!」

曲の隙間から聞こえる会話を無視して、スタート台に立った橘さんを見る。

「御影君」
「なに?」

松岡が俺の肩を遠慮がちに叩く。
「あのさ、上に…お兄ちゃんいるんだけど…」
「は?」
「…遙先輩のこと気にしてるみたいで…。お兄ちゃんには御影君が今日来てること言ってないんだけど…」
「バレるな…絶対」

松岡がごめん、と呟く。
「別にお前は悪くねぇだろ」
「そうだけど…」
「ここに来たのは俺の意志だから、謝らなくていい」

会話のために外したイヤホンをもう1度つけて、息を吐く。
気付かないふりをしていれば平気だ…きっと、もう忘れてくれる。

橘さんが戻って来て、葉月が水に飛び込む。
次は…赤眼鏡の竜ヶ崎か。

「アイツ、泳げんのかな…」

オレンジ頭に急かされて、竜ヶ崎がスタート台に立つ。
綺麗なフォームでスタート台を蹴った竜ヶ崎だったが、大きな水しぶきをあげて水に落下した。

「やっぱり…泳げねぇのか…」

水面の揺れが収まっても浮いて来ない竜ヶ崎。
橘さんの顔は青くなっていく。

壁に背中を預けていた俺は、イヤホンをそのままに水に飛び込む。
驚く橘さんと松岡の顔と、助けに行こうとしていた七瀬さんの顔が一瞬見えた。

「大丈夫か?」

プールの底から引き揚げた竜ヶ崎の肩を俺の肩に回して、プールサイドまで連れて行く。

「すみません…」
「別に。目の前で誰かが死ぬのはもう御免だしな」
「え?」

水から上がって、びちゃびちゃになったパーカーのポケットにイヤホンを突っ込む。

「怜ちゃん、泳げなかったの?」
「そうだよ。悪いですか!!?だから僕は泳がないって言ったんだ!!」
「それなら最初に言ってくれればよかったのに」
「言えるわけないでしょう。カナヅチだなんて僕の美意識に反する」
強く握りしめた竜ヶ崎の手から視線を逸らす。

「鮫柄には俺の方から上手く言っておくから。無理言って悪かったな。あ、ハルが泳ぐよ」

みんなの視線はスタート台の七瀬さんに向けられる。

「やっぱり綺麗だね」

七瀬さんが飛び込んだのを見て、竜ヶ崎が立ち上がった。
「どうかした?」
「いえ…なんというか…」
「ね?だから言ったでしょ?ハルちゃんの泳ぎすごいって」

俺は立ちあがって体を伸ばす。
「次は御影君だね」
「そうっすねー…」

パーカーを羽織ったままスタート台に立つ。

「おい、お前。パーカーは脱げよ」
「あーはい。あの…」
「なんだ?」
「背泳ぎでいいっすか?」

驚いているオレンジ頭から視線を逸らす。
「クロールは苦手で」
「構わん。入れ」

パーカーを脱いでプールに入る。
戻ってきた七瀬さんがじっと俺を見た。

「バックか?」
「はい」

七瀬さんはそれだけ言って、プールを出る。
視界の端で凛が目を見開いていたのは見なかったことにした。


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