スタートの合図が鳴って泳ぎだした朱希。

「朱希ちゃん、速いっ!!」

始めから朱希はどんどんと後ろと差を作っていく。

「なんか、いつもの朱希君の泳ぎと違う」
江ちゃんの言葉に首を傾げる。

「いつもと違う?」
「はい。朱希君の泳ぎはこんなに力強い感じじゃなくて、もっと繊細な感じだったと思うんですけど…」

そう、言われてみれば…少し違う気がする。

「別人みたいだね、朱希ちゃん」

2位と数メートルほど差を作って最後のフリーになる。
クロールに切り替わった瞬間に泳ぎがまた変わる。

「いつもの朱希の泳ぎだ…」

1位をキープしたまま、ゴールした朱希に会場に歓声が広がる。

「おめでとーっ」

手すりから身を乗り出して手を振る渚に朱希も手を振って掲示板を見つめる。
1と言う数字とタイムが映し出されて、朱希は肩を落とした。

「…がっかり、してませんか?朱希君」
「1位で抜けたのに?」
「…あんまり、嬉しそうじゃない…」

建物の中に戻っていく朱希を見ながら俺達は首を傾げた。

朱希視点

渚の声援が聞こえてビクッと体を揺らす。
傷のことを知ったのに…応援するのか…
驚きながら視線をそちらに向ければ松岡と竜ヶ崎の声が聞こえた。

ドクドクと速くなる胸に手を添えて、小さく笑う。

そして、最後に真琴さんの声が聞こえた。

ねぇ、兄さん…
聞こえてる?

ゴーグルをつけてスタートの体制になる。

約束のために、俺を応援してくれる真琴さんたちのために…
俺が背負ったもう一つの命のために…
勝たなければいけない。

存分に楽しんでくれよ、と心の中で呟いてプールに飛び込んだ。

1位でゴールして、喜んでいる渚に手を振りかえす。
そして、掲示板に映ったタイムを見て溜息をついた。

「あと、1秒…」

1秒、足りてない。

「マジかよ…」

調子は悪くなかった。
むしろ、よかった。
けど、追いつけなかった。

「いつまでたっても追いつけねぇなぁ…」

着替えて観客席に戻ればすごい勢いで飛びついてきた渚。

「おめでとー、朱希ちゃん」
「サンキュ」
「おめでとうございます」
「ん、竜ヶ崎もありがとな」

渚を引きはがしてじっとこちらを見ている真琴さんを見る。

「おめでとう、朱希」
「…ありがとう、ございます。あの…」
「背中の傷のことは…何も聞かないよ」
「え?」

ふわりと笑った真琴さんに俺は目を瞬かせる。

「朱希が言いたいと思ったときに言えばいい」
「そういうこと。今すぐに話せなんて言わない。けど…いつか話してくれたらうれしい」
「…はい。ありがとうございます」

頭を下げてそう言えば大きな手が俺の頭をかき乱す。

「これで全員で地方大会に行けるね」
「はい」

あぁ、やっぱり…この手は似てる。
顔を上げて、胸の辺りを強く握りしめる。

「…朱希君」
「どうかしたか、松岡?」
「…1位なのにあんまり嬉しそうじゃなかった」
「え?あぁ…勝ちたかった人には勝てなかったから」

1秒という小さいようで大きな壁。

「まぁ、次は絶対勝つけどな」

そう言って俺は笑った。


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