昨日の夜に洗ったジャージを着ようとすれば朱希は私服を俺に放り投げてきた。
素直にそれを着て2人で海沿いの道を歩きながら学校へ向かう。
「…そういえば、朱希」
「ん?」
「なんで、ここに住むことにしたんだ?」
ふと浮かんだ疑問をぶつければ朱希は海に視線を向けた。
「兄さんが死んで、兄さんの荷物を片づけていたときにな、日記を見つけたんだ」
「日記?」
「そう。その日記にさ…この場所のことが書かれてた。俺が憶えてないだけで昔はここに住んでたんだって。兄さんはあのスイミングスクールに通ってたらしい」
海風が朱希の髪を揺らした。
「兄さんが…もう1度ここに来たいって書いてたんだ。大好きなこの場所に…母さんとの思い出のあるこの場所へ」
哀しげな瞳が俺を映して、息が詰まる。
「…だから、兄さんのお墓をここに作った。それで…兄さんを、兄さんの心臓をここに返したくて俺はここに来た」
「朱希…」
「本当は兄さんと一緒にここに来たかったんだけどな」
歩き出した朱希を追いかけて隣に並ぶ。
「朱希はここが嫌いなのか?」
「嫌いじゃないよ。兄さんが好きだったこの場所を嫌いにはなれない」
「そう、か…」
「それに、ここには…凛がいるから」
朱希の言葉に足が止まる。
「お前…何、言って…」
「ん?」
首を傾げた朱希に俺は顔が熱くなるのを感じる。
「俺なんか変なこと言った?」
「お前…本当に、ズルい」
俺が朱希のこと好きだってわかっててあんなことを真顔で言ってんのか!?
「りーん?どうした?」
「なんでもねぇ!!」
「ちょ、何怒ってんだよ!?」
「怒ってねェし」
朱希の顔を見ないように足早に朱希の横を通り過ぎれば、掴まれた腕。
そして、強い力で腕を引かれた。
びっくりして朱希の方を見れば至近距離に朱希の顔があった。
「朱希!?んっ!!?」
突然、重なった唇。
目の前には目を閉じた朱希がいた。
「な、おまっなに、して…」
「したくなった」
「はぁ!!?」
顔が熱い。
真っ赤になっているであろう顔を隠そうともせずに朱希に詰め寄ればひどく優しい瞳が俺を見つめていた。
「な、なんだよ…」
「いや、なんか懐かしいなって。凛といるの」
朱希の言葉に驚いたけど、俺は嬉しくなって笑う。
それを見て朱希は目を丸くしてから微笑む。
「よかった」
「はぁ!?」
学校の前まで朱希は俺を送ってくれた。
「じゃあ、またな」
「あ、服…今度返す」
「ん、分かった」
離れていく背中を見ながら、少し顔が緩む。
「朱希!!」
「なぁに?」
振り返った朱希。
「好きだ」
「…お前、本当に馬鹿だな」
「うるせぇよ」
呆れた顔をしているけど朱希の目は酷く優しかった。
「なぁ凛」
「なんだよ」
「…もう、目は背けねぇから。俺は…大切なものはもう失いたくない」
朱希の瞳が不安そうに、悲しそう揺れた。
けど、それも一瞬で背中を向けて歩きだした朱希。
その背中は酷く寂しそうだった。
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