彼の声は聞こえない。
けど、確かにこの声は届いてるだろう。
「凛」
ゆっくりと彼の名前を呼べば、息を飲む音が聞こえて俺は目を閉じた。
「凛」
出来るだけ優しく彼の名前を呼ぶ。
返事は聞こえなかったが、電話の向こうから波の音が聞こえる。
「…朱希」
小さな声で俺を呼んだ。
本当に小さな声…
「聞こえてるよ、凛」
「朱希…」
「どうした?」
ただ俺の名前を呼び続ける凛。
微かにその声は震えていた。
「声、聴きたい…朱希の声」
「俺の声?なにか適当に話してればいい?それともずっと名前を呼んでいようか?」
波の音に混じって風の音、彼の嗚咽が聞こえてくる。
「名前…呼んでくれ」
「凛。大丈夫だよ。ちゃんと繋がってる」
何度も彼の名前を呼ぶ。
段々と彼の嗚咽が大きく聞こえてきて、次第に泣き声に変わっていく。
「今、凛の頬に伝う涙を拭ってやれねぇことが悔やまれるよ」
「泣いて、ねぇ…」
「…なら、よかった。凛、泣くのは俺の前だけにしろよ」
凛の泣き顔なんて他の人に見せたくない。
たとえ遙さんや真琴さんだとしても…
「凛の涙は俺が拭ってやりてぇから」
何度も泣かせてきた。
彼の支えになれなかった数年間。
きっと何度も彼は泣いたんだろう。
俺のために泣いた凛の涙を拭えなかった。
「もう、俺は…凛を泣かせたくねぇし」
「朱希っ…」
「泣きたきゃ俺の所に来い。その涙は絶対に俺が止めてやるから」
もう一人で泣かせたりはしない。
他のやつに凛の隣を譲ってやる気もない。
「凛」
「ん…」
「泣くなら、俺の前で泣いてくれよ。頼むから」
「…おう」
彼が少しずつ正常な状態に戻っていく。
いや、正常ではないか…
まだひどく不安定だ。
「朱希」
「ん?」
「我儘言って悪かった」
「いいよ。もう、平気?」
平気、と答えた凛はもう1度俺の名前を呼んだ。
「どうした?」
「サンキュ、朱希」
「どういたしまして、凛」
電話が切れて俺は溜息をついた。
「アイツ…大会大丈夫なのか?」
オーストラリアにいたときの凛に戻った気がした。
出会って半年ほどした時に彼はこの電話と同じことを言った。
「名前を呼んで」
あの時も凛はそう言って俺の服の裾を掴んで俯いていた。
瞳からポロポロと雫を零して、彼は泣いた。
「凛…」
嫌な予感がして、仕方がない。
久々にキリキリと胸が痛む。
「大丈夫、だよな…?」
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