憶測の証明




「またここに来ることになるとはな…」

明かりの灯らない家。
玄関の鍵を開ける音が妙に響いた気がした。

「相変わらず、ぐちゃぐちゃだし…伊吹も死んだし、そろそろ片付けた方がいいのか…」

散乱したガラスと転がる家具。
この間の侵攻を何とか耐え抜いた家の中に懐中電灯の灯りを向ける。

「ここに、なんかあるはずなんだよな…」

死ぬ直前、伊吹は言っていた。
入ってはいけない部屋で俺の存在を知ったと。
記憶の限りではこの家に俺の居場所はなかった。
なのに、彼女の言葉を信じればここに俺の存在を示すものがあったというのと。
それが不思議で仕方なかった。

「と、言ってもなぁ…1階はリビング…2階は3部屋……怪しいところなんてないんだよなぁ」

地下室でもあるのかとガラスや物を避けながら1階のリビングを見て回るがそれっぽいものは見つからず。
念の為見た風呂場やトイレにもそれはない。

「となると、2階か……」

2階の1番奥にある父親の部屋。
背の高い本棚が壁を埋めつくし、中に入っていたであろう本は床に散乱している。
洋館とかなら本棚が隠し扉になってたりするけど、一軒家だしこの間取りでは無理だろう。

「…本も、特に怪しい所はなし…パソコンもないのか……技術者って聞いてたけど、家では仕事してなかったのか…?」

まぁ、おかしいことはないか。
ノートパソコンでやっていた可能性もあるし。

「めぼしいものはなし、か…」

入っちゃいけない部屋。
部屋、と認識できるような空間。
この家じゃない可能性もある、のか?

「あとはクローゼットか」

一通り部屋の中を見終えてクローゼットを開ける。
そこにはあるはずの洋服やタンスはない。
代わりにそこにあったのは、ガラスの壁だった。

「なんだ、これ…?」

確かに部屋の中に洋服かけやタンスがある。
て、ことはクローゼットはタンスとして使っていなかったんだろう。

「あ、」

ぺたぺた、とガラスを触っていればガラスの一部分が扉のように開く。
中も変わらず何も無い、ガラスに囲まれただけのスペースだった。

その後見た母親の部屋も伊吹の部屋もめぼしいものは見つからず、再びガラス張りのクローゼットの前に戻ってきた。

「中になにかある訳でもないのか」

小さかった伊吹なら物さえあればここを部屋と間違えてもおかしくはない。
だが、何も無いこの空間の中に手がかりはない。
誰かが隠した?いや、侵攻の際父親は死んでるし…
そこからここは手付かずなはず。

ガラスの空間の中、思考を巡らせていれば携帯が鳴った。
画面に表示された冬島さんの名前を見て、通話ボタンを押す。

「お疲れ様です」
『お疲れ。今平気か?』
「はい、大丈夫ですよ」

俺の過去を探すことを手伝うと言ってくれて以来、冬島さんとは時々2人で会うことがあった。

『明日の夕方から時間とれそうなんだわ。予定合うなら、と思ってな』
「明日なら空いてるので大丈夫です。お伺いしますね」
『おう。じゃあ、それだけだから。またな』

切れそうになった電話を思わず止めた。
どうした?という優しい声に1つ聞きたいことがあると答える。

「ガラスに囲まれた空間を子供って部屋と認識しますかね…?」
『どういう質問だ、そりゃ…。まぁ、どうかな?物とか置いてありゃ可能性はあるけど。あとはほら、仮想戦闘空間とかならある意味部屋だろ』

俺らもあれは部屋と認識してるだろ?と彼は言った。

確かにそうだ。
もし、このガラス張りの空間が仮想戦闘空間だとしたら?
何かのデータを読み込むことで、家具とかそういったものが再現されるとしたら?
それは、部屋を見つけたという表現に合致する。

「あの!!仮想戦闘空間を家に作ることってできますか!?」
『家に?理論上無理ではねぇけど。相当なレベルの技術者の協力が必要にはなるぞ。作りたいのか?』
「いえ、家にあるかもしれないんです。仮想戦闘空間」

話が読めない、と冬島さんが言う。
突然こんなこと言われたらそりゃ、そうか。

「明日、お会いする時に説明するので…あの、もう1つ。仮想戦闘空間の地形設定とかって…どうやってやってるんですか?」
『基本的には接続するパソコンとかにデータを入れてある。ボーダーのにもあるだろ?操作パネル』
「それが付け外しできることってあります?」

ないとはいえないけど、相当なデータ量が必要になると彼は答えた。
死体には遺品はなかった。
ボーダーが遺品を管理してる可能性はあるけど。

『…状況はわからんが。トリオン兵1個作るにも何十GBものデータ量が必要になる。空間を1つ本気で作るには相当なデータ量が必要だ。パソコンだけじゃ絶対まかねぇから、外付けHDDとかそういうのが必要なはずだ』
「外付けHDD……」

てことは、サイズは小さいはず。
この空間を本当に隠していたならわかりやすい所には置かないだろう。

「本…なるほど、そういうことか。ありがとうございます、冬島さん」
『いや、なんか役に立ったならいいけどよ…』
「明日順を追って説明します。すみません、一旦電話切りますね」





「なるほどな。榎本を知らないはずの妹がお前の存在を知った部屋が家のどこかにあって…それを探しに行ったら仮想戦闘空間に似たものが家にあったと」
「はい。それで、恐らく…これの中にデータが」

昨日、本の中から見つけた外付けHDD。
父親はこれを隠していたらしい。
机に置いたそれを受け取って、冬島さんはそれを眺める。

「パッと見じゃ壊れてる感じはねぇし。開いてみるか?」
「いいんですか?」

問題ないだろう、と彼は答えて 自隊室のパソコンに繋いだ。

「うん、確かに仮想戦闘空間用のデータだな。読み込みも問題なさそうだし…なんか、設定としてはたしかに普通の部屋って感じだなこりゃ。 入ってみるか?」
「お願いします」

トリオン体になり中に入ると、そこは小さな空間だった。
6畳あるかないかくらいの、本当に部屋のような空間。

「完全に部屋、って設定だろ?」

冬島さんのアナウンスに俺は頷く。

「なんか、手がかりありそうか?」

とりあえず伊吹が言っていたのはこの空間で間違いないだろう。

「この部屋……俺の写真が貼ってあります」
「は?」

幼い頃の写真。
俺の記憶にない、生まれた頃からの写真と それと一緒に書かれた何かの数字やグラフ。

「貼ってあるって、どういう…」

そう言いながら換装して入ってきた冬島さんは壁を見て息を飲む。

「…なんだ、これ…」
「わからないですけど。……多分、俺のことを記録する為の部屋だったと思うのが妥当かな…と」
「…これ、多分トリオン量の記録だな…」

1つのグラフを指さして、彼は言った。

「生まれた頃から、記録されてる。で、4年前で止まってるけど。単位も一緒だし、何よりこの4年前の数値もお前の今と比較して合致する」
「トリオン量…」

0歳、と書かれた写真。
そこには恐らく俺であろう赤子と知らない男女が映っていた。

「これ、」
「どうした?」
「この背景の場所、俺が時々夢で見る場所です」

誰かも分からぬ男が俺に「一緒に帰ろう」といつもいつも声をかけてくる場所。
あの男に、この写真の男は似ているかもしれない。

「その2人は?お前の両親?」
「俺の知ってる両親ではないです」
「……なぁ、1つの仮説なんだけど」

冬島さんは壁のデータからこちらに視線を向けた。

「この2人が本当の両親で、お前を放ったらかした2人は里親って可能性はねぇか?」
「え?いや、それは…」
「この写真、4歳までは同じ背景で撮られてるけど…5歳から隠し撮りになってる」

確かに彼の言う通り5歳から俺の横顔や障害物と一緒に映ることが増えていた。
俺が、独りだと気付いた頃から。
そして伊吹が生まれた頃から。

「もしそうだとして、この写真に映る2人はどこへ?」
「何らかの理由で、お前を2人に預けたか……もしくは、死んでるか攫われてるか…かな」
「なるほど…」

証明する方法はないけどな、と冬島さんは言った。

「このデータを見るに、生まれた頃からのお前のトリオン量は人並み以上ある。お前を有用に使う為に、データを取ってたと仮定してもいいだろう」
「だったら、俺を放っておかずにボーダーに連れていった方が楽だったんじゃないですか?俺たちの仕事だよ、一緒にやらないかって」
「それはそうなんだよな」

どちらかといえば俺の存在はボーダーには隠されていた。
林藤さん、という人も俺の事を知らなかったし。
忍田さんも俺と初めて会った時、俺が2人の子であることを疑問に思っていた。

「そしたら、ボーダーとは別の目的があったか?」
「別の目的…」
「近界と繋がってた、とか?」

近界と、と呟きながらもう一度自分のデータに視線を向ける。

「父親と母親、2人が必ずしも味方同士とは限らないだろ」
「俺に黒トリガーを与えた事と俺のトリオン量を記録していたことがそれぞれ別の意味を持ってる可能性がある…?」
「全部憶測でしかねぇけどな」

全て憶測だ。
だか、それが間違っていると証明することも出来はしない。

「この空間のものは外へは持ち出せない。少しずつ調べていくしかねぇな」
「はい」

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