冬の雨空の下、夢を見る




ぼんやりと眺めた空は真っ黒で、ザァザァと地面を叩きつける雨。
少し先が見えないほどの雨が俺の眼前に広がる。
濡れた体を僅かに震わせて、シャッターに背中を預けて膝を抱えた。
夜の雨は嫌いじゃないけど、寒い。
雨が弱まったらどこか、今日の宿を探さなければならない。
もし見つからなかったら、野宿かネットカフェか…
吐き出した息は白く、流石に野宿は無理そうだ。
この雨はこのまま雪になるのかもしれない。
夏の通り雨とは少し違う気がした。

「最悪だ…なんだよこの雨。さっみー…」

視界を遮る雨のなかに現れたのは俺より歳上っぽい男だった。
俺よりも体は濡れていて、吐き出した息は俺と同じく白かった。

「隣、失礼しまーす」
「あぁ、うん」

隣にしゃがんだ男は濡れた体を抱え、体を震わせる。
髪からはポタポタと滴が落ちて、頬や首を濡らしていく。
俺はキャリーバックを開けて、中のタオルを彼に差し出した。

「え?」
「髪の毛だけでも、拭いたら?」
「あ、あぁ…サンキュ」

タオルを受け取った彼は濡れた髪を拭い、白い息を吐き出しながら凄い雨だな、と呟いた。

「そうだね」
「天気予報とか見てなくてさ…走ったら帰れると思ったんだけど無理だった」
「走っても歩いても濡れる量ってあんまり変わらないって聞いたことある」

え、マジで?と彼は顔を引き攣らせた。
俺が走った意味ってなんだよと肩を落とす彼を見ながら今日はこの人にしようかな、と心の中で呟く。
雨は止むことを知らぬかの様に地面を叩きつけ続けていた。

「ねぇ、お兄さん」
「なんだ?」
「俺さ、傘あるんだけど」

彼は目を瞬かせて俺を見た。
真っ黒な瞳は光を帯びることはなく、今の空によく似ていた。

「あるなら何で帰らねぇの?」
「今日、宿無しでさ。何でもするから泊めてくれたり、しない?」
「俺の家に?」

こくり、と頷けば彼は僅かに眉を寄せた。

「汚いぞ?マジで」
「泊めてくれるならお礼に掃除してもいい。家事全般は出きるし、性欲処理とかでも別に」
「…ご飯、作れるのか?」

基本的に何でも作れるけど、と言えば彼は黒い瞳を輝かせた。

「うどん食べたい。あと、餅とコロッケ」
「…じゃあ力うどんかな。コロッケは…うどんのお供ではないから明日の朝ごはんでいい?」
「力うどん?」

首を傾げた彼に、お餅の入ったうどんのことだと説明するば彼はそれ食べたいと子供のように表情を明るくさせた。

「じゃあ、交渉成立?」
「あぁ。マジで汚いから、後悔するなよ」
「うん、大丈夫」

キャリーから傘を出して立ち上がる。
雨はさっきよりは少し、弱まったようだった。

「材料ある?」
「餅しかない」
「スーパー行こっか」

傘を開いて彼の方を振り返れば隣に彼が入った。
大きめの折り畳み傘でも2人で入れば肩が濡れる。
まぁここまで散々濡れてきたからいいか、と彼の方に傘を傾けながらスーパーに向かった。

彼の家に着く頃にはやっぱりびちょびちょだった。
傘を差しても防げない雨ってどうなの?

「どうぞ」
「おじゃまします」

…あぁ、本当に汚い。
これより酷いのも見たことあるからそこまで驚きはしないけど。

「台所、借りるね」
「ん。先風呂入らなくて平気か?」
「大丈夫だよ。先に、どうぞ」

スーパーで買ってきた材料でうどんの準備をしていれば彼がお風呂から上がってきた。

「そろそろ出来るよ」
「マジで?腹へったー…」

うどんを皿に移して、一応スペースのあるテーブルに乗せる。
テーブルの上に広がるプリント類を見る限り、大学生のようだ。

「いただきます」
「はい、どーぞ」

彼の向かい側に座って彼が食べる姿を眺めていれば真っ黒な瞳は先程同様に僅かに光を帯びた。

「うまい」
「よかった。じゃあ、俺も」

うん、まぁ悪くない。
お餅なんて久々に食べた。
そろそろ、お雑煮の時期だなぁ…

「お前さ」
「はい?」
「今、いくつ?宿無しってなんかあるのか?」

聞かれるとは思ってたけど。
お餅を咀嚼しながら視線を彼の方に向ける。

「年齢は教えられない。宿無しなのは…まぁ、帰る家がないみたいな?」
「帰る家がない…?家出とかじゃなくて?」
「家出って言えば、家出なのかもしれないけど」

なんだよそれ、と首を傾げた彼に俺は笑った。

「みんな、同じ反応する」
「みんなってことはいつも誰かの家に泊まってんのか?」
「うん。今回みたいに知らないお兄さんに声かけたり。声かけてくれたお姉さんのとこ行ったりしてる」

野宿もあるけどね、と言えば彼は家族とかいないのかよと呟いた。

「いないよ」
「友達は?」
「友達…んー?いないかな」

彼は少し考えるような素振りをしてから口を開く。

「ここに居候してもいいぞ。別に」
「は?」
「家事全般は押し付けるけど」

初対面の男に居候してもいいよ、なんてこの人危機感無いのか?
いや、泊めて貰う側が言うことではないし、危機感を感じさせないように接してるけど。
これは、無さすぎるだろ。

「どうした?」
「…お人好しってガラには見えないけど」
「お人好しなんて似合わないだろ、見るからに。ただ、お前のご飯が食べたいだけ」

いつもコンビニ弁当ばっかで嫌気が差していたんだ、と彼は言った。

「…まぁ、考えておく」
「そのお兄さんっての、やめようぜ。俺、太刀川慶。お前は?」
「律」

彼は少し箸を止めてから「よろしくな、律」と笑った。





夕飯を食べ終えて、律は風呂に入っている。
黒いキャリーバックの中には綺麗に洋服や日用品が詰め込まれていた。
家出にしてはしっかりと準備をしすぎてるし、衝動的に飛び出したわけではなさそうだ。

年齢は答えなかたったが、多分俺よりは年下だろう。

「お風呂、ありがとう」

上気した頬と濡れた髪。
首筋に雫が流れて、妙に官能的に見えた。

「太刀川さん?」

これなら、女の所を転々としていたことも頷ける。
普通に目を引く綺麗な顔をしているし。

「…する?」
「は?」
「性欲処理もできるよ、って言わなかったっけ?」

律は首を傾げて、ソファに腰掛けていた俺に微笑んだ。

「待て待て待て。俺、もうご飯作って貰ったし」
「別に1つだけとは言ってないし。宿泊代として求められたことは全てやるよ」

どうする?と尋ねられて俺は首を横に振る。
ヤバい、今普通に流されそうだった。

「ご飯で満足してる」
「そう?わかった。じゃあ、必要になったお気軽にどーぞ。あ、けど俺バリタチだからよろしく」

クスクスと彼は笑う。
それは男の俺でも見惚れてしまう笑顔だった。

そろそろ寝るか、という話になって発生した問題。

「ベッド1つしかない…」
「ソファでいいけど?」
「体バキバキになるぞ」

もう慣れてるよ、と彼は言ってソファに腰掛ける。

「太刀川さんはベッドね。明日の朝、何時に起こせばいい?」
「あー…6時30分?」
「ん、わかった。コロッケ作っておくね」

思いの外あっさりと彼はソファに横になる。

「寒くないか?」
「平気だよ。太刀川さん、優しいね」
「そういうわけじゃないけど…」

電気を消して、布団に潜り込む。
冷たい布団の中、寝返りをうってソファの方を見る。
暗闇の中、彼の綺麗な顔が見えた。
閉ざされていた瞳が開かれて、こちらを見る。

「…おやすみ」
「ん、おやすみ」

彼は静かに微笑んで目を閉じた。
それにつられるように俺も目を閉じた。
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