終わりなき始まりはない




すん、と鼻を鳴らしていい香りが鼻孔を擽った。
眠気眼をこすり、目を開ければ台所に見えた後ろ姿。
あれ、誰だ…なんて考えて昨日ことを思い出す。
昨日雨の中で出会った律はこちらを振り返り、微笑んだ。

「おはよう。朝ごはん、もう出来るよ」
「ん…」

重たい体を起こして、ベッドから出る。
彼がエアコンをつけていてくれたお陰か寒さで布団から出られないということはなかった。
普段は布団から出れずに大学に遅刻してる。

「コロッケ?」
「コロッケ。盛り付けておくから、顔洗ってきなよ」
「おう、そーする」

顔を洗って、眠気が飛んだ。
水、冷たすぎるだろ。
背筋を震わせて部屋に戻れば温かい空気が体を包む。

「うわ、うまそう」
「久々に作ったから味に自信はないけど」
「いただきます!!」

テーブルの前に座って両手を合わせる。
迷うことなくコロッケを口に運んだ。
熱々のそれは、最近食べたものの中で一番うまい。
てか、今まで食べたやつの中でも1、2を争う美味しさだ。

「どう?」
「うまい。ヤバいな、お前」
「喜んで貰えたならよかった。油、キツくない?」

平気、と答えてもうひとつに箸を伸ばす。

「あ、太刀川さんって大学生だよね?お昼ってどうしてるの?」
「コンビニ」
「コロッケのサンドイッチ、作ろうか?」

彼の言葉に俺は迷うことなく頷いた。

「うん、わかった」
「今日、昨日の夜位まで帰ってこないけどどうする?ここにいるか?」
「仕事あるから昼間は出るよ。てか、今日も泊まっていいの?」

このコロッケとうどんは手放せない、と言えば彼はクスクスと笑ってそんなに気に入って貰えたなら嬉しいと言った。

「太刀川さんの迷惑にならないなら、少しの間お邪魔させて貰うね。夜、また来るから」
「ん。オムライス食べたい」
「オムライス?うん、材料買っておく」

朝ごはんを食べ終わり、家を出る時間になればどこから見つけてきたのかお弁当箱を手渡された。

「コロッケのサンドイッチとか朝の残りのポテトサラダはいってるから。食べなかったら、捨てていいからね」
「絶対食べる」
「ん、ありがとう」

じゃあ、またねと彼はキャリーバックを引いて何処かに歩いていった。





チャイムを押せばピンポーンと思いの外軽い音がした。

「んー…いない、かな」

スーパーの袋がカサカサと音を立てる。
家の前で待ってたら不審者扱いされるかな…?

まぁ、仕方ないかとキャリーバックの持ち手を戻してドアに背を当ててしゃがむ。
昨日の雨が嘘のように今日の空には星が光っていた。

「結構冷えるな…」

吐き出した息は昨日と同じく白い。
膝に顔を埋めて、目を閉じれば眠気がすぐにやってくる。
なんだかんだ言って、コロッケを作るために早起きしたからな…
太刀川さんが帰って来るまで、眠ってしまおう。
眠気に逆らうことをせずに、俺は意識を手放した。


とんとん、と肩を叩かれる。
ぱしぱしと瞬きをして、顔を上げれば困った顔をした太刀川さんがいた。

「おかえり」
「悪い、待ったか?」
「いや、平気だよ」

腕時計に視線を向ければ30分くらい経っていた。

「オムライスの材料買ってきたよ」

立ち上がりながらそう言えば彼は嬉しそうに笑った。

「コロッケのサンドイッチ、うまかった」
「本当に?よかった」
「俺の後輩が自分にもくれって言ってたんだけど」

あげたの?と言えばあげるわけないだろと彼は答えた。

「誰にもあげたくなかったし」
「そんなに気に入って貰えたなら嬉しいよ」

台所で昨日の残った材料と今日買ってきた材料を広げる。

「どんなオムライスがいい?」
「どんなって?」
「くるん、て全部包んでるやつかテレビとかでよく見る真ん中切るととろとろの卵がかかるやつか」

とろとろのやつ、と即答した彼。
見た目に似合わず結構子供っぽいみたいだ。

「作れんの?」
「昔食べたいって言われて練習したから平気、なはず」
「凄いな、律って」

別に凄くないよと答えて野菜を切っていく。
そんな俺を彼は後ろから眺めていた。

「俺、料理とかさっぱりでさ。掃除とか洗濯とかしないし」
「いつもどうしてたの?」
「後輩とか先輩が来てくれる。スゲェ呆れて」

典型的なダメなタイプだな。
彼女とかにやってもらえばいいのに、と思ったが彼女がいたら俺を泊めるなんてあり得ないか…

「律?」
「なんでもないよ」

出来るまで時間かかる?と尋ねられてそれに頷けば風呂入ってくると洗濯物の山から服を取ってお風呂入っていった。
泊めて貰うからにはあの辺りも片付けないとかな…


オムライスが出来上がって、そろそろ彼に声をかけようと思っていればタイミング良く彼がお風呂から出てきた。

「できたよ」

濡れた髪をそのままに彼はテーブルの前に座る。
卵に包丁で切り込みを入れればとろり、と卵が広がった。

「おー…凄い!!」
「どーぞ」
「いただきますっ」

凄い勢いで食べていく彼を見ながら俺も自分のにスプーンを伸ばす。
こんな風に美味しそうに食べて貰えることは純粋に嬉しかった。

「ほふひは?」

スプーンを咥えながら彼は首を傾げる。

「食べながら喋らないの」
「ん。うん、忍田さんみたいなこと言うな」

彼はそういって困った顔をした。

「忍田さんって?」
「俺の師匠。厳しい人なんだよ」

マナーとかにと煩いし、単位ヤバいのバレたら一時間くらい説教だし、と眉をひそめる。
だが、声色はどこか優しい。

てか、師匠?
師匠ってことは太刀川さん弟子?
なんの弟子入りしたの?

気になったが、何となく聞かない方がいい気がした。
あまり、深くまで知ることは避けたいし。

「俺はマナーとかはあんまりよくわからないけど。食べながら話させるのなにいってるかわからないなーってだけだよ」
「そういうことか。律が俺の顔じっと見てたからどうした?って聞いたんだけど」

そうだったのか。
説明されれば案外そう聞こえた気もする。

「美味しそうに食べてくれるなって」
「うまいからな。律の母親は料理上手かったんだろうな」
「……どうして?」

料理って親に教わるんじゃないのか?と言われて俺は視線を逸らした。

「…どうだろう?俺は本で勉強したけど」
「それでこんなにうまいのか…凄いな」

そう言って微笑んだ彼に俺は素直な人なんだな、と思った。
言葉に裏がない。
今時珍しい真っ直ぐな言葉。
回りくどい言い方をしないし、聞かれたくないこともすぐに聞く人だと思うけど。
それが嫌だとは思わない。

「律?」
「優しいね、太刀川さんって」
「は?」

目を瞬かせる彼に俺は微笑んだ。

「ありがとね、」
「…なんだよ、なんか恥ずかしい」
「気にしないで食べて食べて」

不服そうだったが、オムライスを食べ始めた彼はまた幸せそうに目を細めた。

「明日の朝は和食でいいかな?」
「いいな、和食。久々だ。お弁当、また作ってくれるか?」
「ん、作っておくよ」

この人の近くは居心地が良い。
けど、留まることはできない。
居候してもいい、なんて嬉しい言葉だけど受け入れてはいけない。
あと何日ここにいるか分からないけど、泊めて貰う代わりに彼の望むことは全てしよう。

嬉しそうに笑う彼に俺も微笑んで、そう心の中で呟いた。
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