踏み込んではならない境界線




初めて入ったボーダー本部に少し居心地の悪さを感じる。

「なんか、目立ってない?」

中に入ってからずっと周りから突き刺さるような視線を向けられている。
こそこそと何か話しているが内容までは確認できていない。

「カッコいいからね、律君は」
「そんなことないんだけどな…」
「私と歩いているから、というのもあるだろうけどね」

多分、そっちが有力だと思う。
周りに視線を向ければ若い人が多いように思う。
高校生ぐらいだろう。
そんな子達が戦うことを選んでるこの現状が、正直怖いと思った。
死なない体で戦ってる、というのはよく聞く話だけど。
だからと言って死なないという保証はない。

「律君?どうかしたかな?」
「ん、なんでもない」

ここは俺から見れば異常な空間だ。
息苦しさの喉元を撫でる。

「ここだよ」

随分と奥まで歩いて、たどり着いた応接室。
ドアを開けた彼の後ろを追って中に入れば落ち着きのある綺麗な部屋だった。

「相手が来る時間まではまだあるね」
「…ん、了解」

窓に歩み寄り、外の景色に視線を向ける。
壊れた家や道を眼下に見下ろしながら思い出すのは数年前の悲劇的な惨劇。

「いつか、」
「律君?」
「いつか…昔みたいに暮らせる日が来るかな」

唐沢さんは黙ってしまった。

「冗談。気にしないで」
「…もし、昔みたいに暮らせるようになったら律君に帰る家が戻ってくるのかい?」

振り返れば彼はじっと俺を見つめていた。

帰る家、か…

「…戻らないかな」

彼は眉を下げて、悲しそうな顔をする。
他人のことなのに、優しい人。

「元から帰る場所なんてなかったから」
「律君…君は、」

何か言葉を続けようとする彼に歩みより、唇に人差し指を添える。

「…なんも、言わなくていいよ」

微笑んでそう言えば彼は静かに頷いた。





唐沢さんの契約を済ませるまでの間、俺はご令嬢さんの話し相手をしていた。
昨日同様赤く染まった頬には気付かないふりをしていた。

「これ、昨日の契約の額より多いんですが…」

唐沢さんの驚く声に視線をそちらに向ける。

「娘からです」
「え?」

彼女の父親はそう言って視線をこちらに向けた。

「律君と言ったかな?」
「はい」
「娘がどうしても、君の力になりたいといってな」

彼女に視線を向ければ照れくさそうに彼女は笑った。

「微々たるものですけど…お力に、なるかな…と」
「ありがとうございます」

微笑んでそう言えば彼女は嬉しそうに笑った。

「この街を守るために、使わせて貰います」
「はい。頑張ってください。私にはこれだけしか出来ないので…」
「これだけなんて言わないでください」

彼女の手に自分の手を重ねて微笑む。

「感謝しています、本当に」

彼女は顔を俯かせてこくこく、と頷いた。
頬よりも赤く染まった耳に、少しやり過ぎたかなと内心苦笑を零す。

「よくできた部下だな、唐沢君」
「はい。自慢の後輩なんですよ」
「後継者には困らなさそうで羨ましい限りだ」

2人の会話に苦笑を浮かべれば、彼女はクスクスと笑った。

「照れていらっしゃる?」
「そう、ですね。褒められるのはあまり慣れていなくて…」

頬を指で掻いてそう呟けば唐沢さんはどこか楽しそうに笑っていた。
からかわれてる、気がする。

それから少しして2人が契約を済ませて、帰っていった。

「また会いたい、だって。律君」

見送りを終えて、肩の力を抜いた俺に唐沢さんがそう言って俺を見た。

「もう会うことはないと思うよ。ご令嬢さんが提供してくれた資金、好きなように使ってね」
「一体どうやってあの娘を動かしたのか…」
「俺は何もしてないよ。彼女が勝手にやったことだから」

俺の言葉に唐沢さんは目を丸くしていた。

「…時々君は、凄く恐ろしいね」
「ひどいなー」

この後時間はある?と尋ねられてそれに頷けばもう少し手伝って欲しいと彼は言った。

「また交渉?」
「次は資料整理だよ。無理なら…」
「今日は空いてるから平気」

その代わり、今日も泊まりにおいでと彼は笑った。

報告に行かないといけないから、彼の部屋で待ってた欲しいと言われ俺はそれに頷いた。

また人の多い廊下を歩けばこちらに駆け寄ってくる足音が聞こえた。

「律!!」

叫ばれた自分の名前。
声のした方に視線を向ければ記憶に新しい彼の姿があった。

「米屋君」
「やっぱり律だったな」

俺の前で足を止めて、彼は笑顔を見せる。

「なんでいんの?やっぱりボーダーの人?」
「唐沢さんのお手伝いだよ」
「知り合いかい?」

横に立つ唐沢さんに尋ねられて俺は頷く。

「報告に行ってくるから、話ながら待っていてくれるかな?」
「ん、了解です」

歩いていく唐沢さんを見送り、ニコニコとしてる米屋君と近くの椅子に腰掛ける。

「スーツ、すげぇ似合ってる」
「ホント?ありがと」
「なんかさ、みんなすげぇイケメンが来てるって噂してたんだけど。律のことだったんだな」

俺じゃなくない?と言えば確実に律だろと彼は笑った。

「けどさー、スーツ着ると尚更何歳かわかんねぇ」
「内緒だからね」

マジで何歳だよ、と彼は言って俺を上から下まで眺める。

「…わっかんねー。パッと見は20歳くらい?いや、けどもっと大人かなー…もっと若くも見えるし」
「槍バカー?」

曲がり角を曲がってきた明るめの髪の人がこちらを見て目を丸くした。

「あ?弾バカじゃん」

槍バカ、弾バカって何?
あだ名?

「何してんの?つーか、誰その人…?」

弾バカと呼ばれた彼はこちらに歩いてきて、俺を見た。

「律」
「いや、誰だよ。ボーダーにいたっけ?そんな人」
「一般人だよ。唐沢さんのお手伝いで来たんだって」

あぁ、さっき騒がれてた人かと彼は呟く。
騒がれてたのか…

「まぁ、確かにイケメン」
「だろ!!!?」
「なんでお前が自慢気なんだよ」

2人のやり取りを眺めていれば弾バカ君は怪訝そうな目を俺に向けた。
こんな風に警戒されるのは少し久々だった。
太刀川さんも米屋君もこんな得体の知れない人間を軽々と受け入れすぎだったし。

「初めまして。律です」
「…出水公平、です」
「米屋君の同級生かな?」

俺の問いかけに彼はまぁそうですけどと答えた。
やっぱり、彼も高校生か…

「そっか。まぁ気が向いたらよろしくしてやって」
「…はぁ、」
「律君、お待たせ」

唐沢さんがこちらに歩いて来るのが見えて、立ち上がる。

「じゃあ、俺は行くから」
「またな、律」
「じゃあね」

出水君にも会釈をして唐沢さんの方に行く。

「大丈夫だったかな、声かけて」
「唐沢さんの手伝いに来てるんだから、唐沢さん優先に決まってるじゃん。ほら、行こう?」
「そうだね」

彼は隣を歩きながらどこか楽しそうに笑っていた。

「唐沢さん?」
「ちょっとした優越感だね。今だけ、君が自分を優先してるなんて。少し大人げないけどね」
「大人げなくなんてないんじゃない?」

俺はそういうの好きだよ、と呟けば彼はやっぱり君はズルいねと言った。





「あーぁ、行っちゃった…」

唐沢さんと肩を並べて歩いて行く律を見ながらそう呟けば出水は眉を寄せてた。

「わかんねぇ。なんであの人のこと気に入ってんの?確かにイケメンではあるけど…」
「イケメンだからって気に入ってるわけじゃねぇよ。あるんだよ、どうしようもなく惹き付けられるとこが」
「そんなのあったか?」

ちゃんと喋ってねぇからわかんねぇんだろ、と言えば彼は心底不思議そうな顔をしていた。

「興味が湧くんだよ。もっと、知りたいって深くに踏み込んでみたいって思う。まぁ、それと同じくらい律の隣は居心地がいい」
「…ふぅん」

彼の背中が見えなくなって、何の気なしに顔を横に向ける。
さっきまではいなかったはずの秀次が呆然とそこに立ち尽くしていて俺は目を丸くした。

「秀次?」
「…律、」

彼の唇が小さく動いて、確かに彼の名前を呼んだ。

「律のこと、知ってんの?」
「陽介、アイツの苗字は…?」
「知らねぇって。ほら、前に話したろ?秘密主義の」

泣きそうなでも諦めたような怒ったような複雑な表情を浮かべた彼はすぐに顔を伏せた。

「…秀次?」
「そろそろ時間だ。行くぞ」
「あ、おう…」

出水に視線を向ければ彼もよくわからない、という顔をしていた。
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