酔心地に夢心地




「なんか、スゲェ人に会った」
「…なんだそれ」
「律っていう人なんだけどさ。秘密主義らしくて、名前しか教えてくんなくてさ」

昨日出会った彼のことを話していれば秀次は眉を寄せ「律?」と小さな声で言った。

「お、興味あるか?スゲェイケメンでさ。ミルクティーみたいな髪色で俺より背、高くて…」
「特徴はいい。名字は?」
「だから、秘密主義なんだって。律って名前と家がないってことくらいしわかんねぇよ」

秀次は家がない、と繰り返してまさかなと自嘲するように笑った。

「…秀次?」
「なんでもない。それで?」
「あぁ、それでさ…」

彼の話を続けようとしたとき後ろからどつかれる。
何すんだよ、と振り返れば久々に会う友人が笑っていた。

「痛ぇーよ、弾バカ!!」
「帰ってきたのか」
「おう。昨日な」

無視かよ!!と言えば彼は楽しそうに笑って、隣の椅子を引っ張ってきて我が物顔で座る。

「遠征どうだったんだ?」
「まぁ、いつも通り」
「いつも通り馬鹿みたいにぶっぱなしてきたわけな」

当然だろ、と彼は答えた。

「全員帰ってきたのか?」
「そこは問題なく」
「まぁ、A級上位は伊達じゃねぇってことだろ」

まぁな、と出水は答えたがすぐにけどなぁ、と眉を寄せる。

「なんかあったのか?」
「太刀川さんの調子があんまよくなかったんだよなー、珍しく」
「また単位ヤバいんじゃね?」

それもあるんだろうけど、と出水は複雑そうな顔をした。

「単位とかなら戦闘が始まれば忘れちゃって、いつも通りに戻るんだけどな。今回はずっとだった」
「女とか?」
「太刀川さんがそこまで入れ込むと思うか?」

それはねぇな、と即答すれば珍しいこともあるもんだなと秀次が言った。

「調子がさっさと戻ってくれりゃいいんだけどな」
「太刀川さんならすぐに戻りそうだけど」
「だといいけどな」





今回の遠征はそこまで調子が良くなかった。
家に帰って誰もいない部屋に溜め息をつく。

「律のご飯食べたかったな…」

遠征中も律のことが気になった。
何処に泊まっているんだろう、とかまた会えるのだろうか、とか。

ソファに倒れこんで目を閉じる。

こんなところでよく寝れたよな、アイツ…
残り香なんて、ない。
それでも瞼の裏に鮮明に彼の姿が焼き付いていた。
1度くらいエロいこと、しておけばよかった。
そしたら今まで関係を持った女みたいにもっとあっさり忘れられたかもしれない。

うとうとしてきた時、携帯が鳴る。

「もしもし」
「太刀川か?これから飯食いに行くが、来るか?」
「奢りですか?」

仕方ないな、という声に俺は立ち上がる。

「じゃあ、行きます」
「いつもの店で待ってる」

電話を切って部屋を出る。
風間さんが奢ってくれることは珍しい気がする。
今回の遠征の調子が悪かったことを気にしているのかもしれない。

一人で道路を歩きながら周りを見渡す。
人の目を引くミルクティー色の髪はどこにも見つけられなかった。
期待するだけ、無駄なのかもしれない。
それでも、もう一度会いたかった。

「風間さん!!沢山飲みましょうね」
「酔っても世話しないぞ」
「つれないなー」

子供の頃思った、大人はズルいと。
嫌なことはお酒で全て忘れてしまうのだから。
だったら俺も今日くらいは忘れてしまいたかった。
忘れられるはずはないけど、今日くらいはズルい大人になりたかった。
全て忘れて眠りたかった。

「寝たら置いてくぞ」
「うわ、ひどっ」
「ひどくない」

店に入っていく風間さんを追いかけて、俺も店に入った。





「あー…疲れた」

肩をグルグル回しながら溜め息をつく。
陽太郎の相手はやっぱり疲れる。

もう一泊してもいいという誘いは嬉しかったが断った。
流石に2日も遊んであげられる元気はなかった。
新たな宿を捜すのも面倒で、キャリーを引きながら駅に向かう。

「おい、太刀川。しっかりしろ」
「んー…」
「言わんこっちゃない…」

聞こえてきた名前に足を止めて視線をそちらに向ける。

「…太刀川さん?」

小柄な男の人に凭れかかる太刀川と呼ばれた人はゆるりと顔を上げる。

「どーしよ、風間さん」
「なんだ?」
「…幻覚まで見えてきた」

は?と小柄な人は眉を寄せた。

「律が見える」
「律?お前が会いたいって喚いてた奴か?」
「そー、それ」

小柄な人の視線がこちらに向けられて視線が交わる。

「…太刀川」
「なぁに?」
「多分、幻覚じゃないぞ。俺にも見えている」

え、と太刀川さんは固まって目を擦る。

「…律?」
「おかえり」

呟いた言葉に太刀川さんは口をきゅっと結ぶ。

「太刀川さん?」
「…律だ」
「うん、俺だよ」

彼に近づけばふらふらと覚束無い足取りでこちらに歩み寄って抱き付かれる。
肩に顔を埋めた彼がただいま、と小さな声で呟いた。

「おかえり。お疲れ様」
「会いたかった」
「うん…ありがとう」

一部始終を見ていた小柄な人は呆れたように溜め息をついた。

「そいつ、頼んでいいか?」
「え、あ…まぁ」
「馬鹿みたいに飲んだからまともに歩けないぞ」

そういう人の相手は慣れてるよ、と言えばじゃあ頼むと彼は疲れた顔をしながら言った。

「何でこんなに飲んだの?」
「お前に会えないからやけ酒したんだ」
「え、俺?」

律、はお前だろ?と彼は首を傾げた。

「あ、うん」
「じゃあお前だ。散々会いたいだの手料理が食いたいだの言ってたから。面倒だと思うが相手してやってくれ」
「わかった。なんか、迷惑かけたみたいですいません」

こっちこそ悪いな、と言って彼は歩いていく。

「太刀川さん、帰りましょ?」
「…泊まる?」
「太刀川さんがいいなら」

じゃあ泊まって、と彼は言って俺から体を離した。
ふにゃふにゃと笑う彼は俺の手を掴んで歩き出す。

「…律」
「何?」
「してほしいこと、あるって言ったらしてくれる?」

泊めてくれるお礼になら、と言えば彼は足を止めてこちらを見た。

「何してほしい?」
「抱いて」
「…本気?」

こくり、と彼は頷いた。

「じゃあ、家帰ったらね?」
「ん、」

太刀川さんはまた歩き出す。
髪の隙間から見える真っ赤な耳は酔っているからか、恥ずかしさからか。

どっちにしろ、可愛らしいと思ってしまった。
prev next
back