01
壁に向けて1人でボールを投げ続けていた。頬に伝う汗を拭って地面に散らばるボールを拾い集める。
「あれ…1つ足りない…」
何度数えてもボールは1つ足りなくて、立ち上がってボールを探す。
「ねぇ」
「え?」
さっきまで自分がボールを投げていた壁に寄りかかっている人がこちらにボールを投げる。
「これ、君のでしょ?」
「あ、うん…」
手の中に収まったボールを見てからその人に視線を向ける。
「…いつから、そこにいたの?」
「んー、5分くらい前かな?君、なんで一人で野球やってんの?」
フードを被ってるせいで顔は見えない。
けど、棒つきの飴をくわえる口が綺麗な弧を描いていた。
「誰も…僕の球を捕れないから」
「ふぅん…じゃあさ、捕ってあげよっか?」
「え?」
その人の足元にあった大きな鞄から出てきたキャッチャーミット。
「無理だよ。みんな、捕れない」
「やってみないとわかんないでしょ」
ミットを構えて、くわえていた飴をガリッと音をさせて噛み砕く。
口元はにやりと歪められていた。
「好きなとこに投げなよ。絶対に捕ってあげるから」
「…どうなっても知らないよ」
人に向けて投げるのは久々だな。
そう思いながらしゃがんでいるその人を見る。
「ほら、どーぞ?」
両腕を広げてから、ミットを構える。
投げたボールは、いい音をさせてミットに収まった。
「ほらね?」
「嘘…」
「嘘じゃないよ」
投げ返されたボールを捕ってその人を見る。
口がまた綺麗な弧を描く。
まだ、投げたい。
久々に聞いたミットに収まる音に胸が高鳴るのがわかる。
「いいよ、もっと投げなよ」
「え…いいの?」
「全力でどうぞ。どうせ暇だし」
何十球もボールを投げて、その人は1度もボールを落とすことはなかった。
「楽しかった?」
疲れて座り込んだ僕を見下ろすその人にこくりと頷けばそう、よかったと笑う。
「いつもここで練習してるの?」
「うん」
「1週間はここら辺に滞在してるからさ、また明日ここに来るよ」
そう言ってミットを鞄にしまう。
「いいの?」
「いいよ。君、いい球投げるし。ねぇ、君の名前教えてよ」
「降谷暁」
ポケットから出した飴をくわえてにやりと歪められた口。
「暁君ね。あたしはなまえ。みょうじなまえ。よろしく。あ、なまえって呼んでくれていいよ」
風に煽られて外れたフード。
見えたのは夕日に照らされてきらきらと輝く金髪と両耳の無数のピアス。
そして、綺麗な笑顔。
「え…女!?」
「そうだよ。驚いた?」
「うん」
なまえは楽しそうに笑う。
長い金髪が揺れる。
髪が太陽を反射してキラキラと光って見えた。
「あたしなら、暁君のボールを捕れる。女でも練習相手にくらいにはなるでしょ?」
「なる…けど、いいの?怪我とかするかもしれない」
「平気だよ。じゃあまたね?」
「あ、うん」
大きな鞄を持って離れていく背中を見つめる。
それが僕と、みょうじなまえの出会いだった。
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