12
「あの、すいません。今更なんですけど、いいですか?」「ん?なに?」
空き教室で一也とお昼ご飯を食べていたとき、一也は少し言いにくそうに口を開いた。
「みょうじさんがいつも一緒にいる先輩、名前なんて言うんですが?」
「あれ、知らない?」
「はい」
今朝作った唐揚げを咀嚼してから、飲み込む。
「成宮涼夏」
「え、?」
「うん?」
目を丸くした彼に首を傾げれば、いやまさかな…と彼が小さく呟く。
「どうかした?」
「いや、ちょっと…気になることがあって…」
「呼ぼうか?どうせ暇してるだろうし」
携帯から彼の名前を引っ張り出し、空き教室に来てとメールを送れば少しして教室のドアが開かれた。
「お前な、イチャイチャしてる恋人のとこに行く俺の気持ち考えたことあるか?」
「ないけど。あ、一也がお前に聞きたいことあるって」
「え、俺に?」
何?と首を傾げた彼は俺達の横の椅子に腰かけた。
「あ、いや…先輩の名前、成宮涼夏って…」
「そうだけど。て、あぁ…御幸くん野球部だもんな」
「え、もしかして…」
一也が顔を強ばらせる。
それと反対に彼は笑顔だ。
「改めて、初めまして。成宮鳴の従兄の成宮涼夏です」
「…えー…俺、試合で会ったことありますよね?」
「あれ、覚えてんの?てっきり忘れられてると思ってた。てか、忘れてて欲しかった」
鳴をコントロールしてたショートの人っすよね、と一也が言えば彼はそれに頷いた。
僅かにだが、彼が眉を寄せるのが分かった。
「昔はアイツと同じ髪色だった」
「あー…そういや、お前の髪って白かったよな。昔」
「なまえ、ちゃんと覚えてんのか?」
ぼんやりだけどな、と答えればひでぇ友達だと彼は呆れ顔で言った。
「鳴の従兄ってことは…あ、あの…この事は…」
「流石に言わねぇよ。面倒なことになるのは目に見えてるしな」
「…ありがとうございます。うわー…けど、鳴の従兄…」
似てないっすね、と一也が呟けば似たくねぇよと笑った。
よくわかんないけど、彼の従弟が一也の知り合いなのか…
従弟って同じ学校にはなったことないけど、あまり良い印象は抱いていない。
まぁ、彼との過去の事を色々話を聞いているからだけど…
「アイツも恋人出来たらしいし、もしバレてもそんな大事にはなんないよ、多分」
「鳴に彼女…!?」
「…彼女じゃなくて、恋人でしょ?」
俺の言葉に2人がこちらを見た。
「どういうことっすか?」
「わざわざ恋人って言葉、使ってるってことは彼女じゃないんじゃない?俺と一也みたいに」
「え、いや…え?」
鳴に男の恋人…、と2人は顔を見合わせていやいやいやと首を横に振った。
「それはないだろ」
「なんで?世の中、何があるかなんてわかんなくね?俺が人を好きになるっていうあり得ないことが起きてんだし」
「うわ、すげぇ説得力ー」
探してみれば思いの外いるのかもな。
男同士って。
ゲイかどうかは置いておいて、好きになったら男の子だったっていうのはあっても可笑しくないし。
ちまちまとお弁当を口に運びながら、座っている彼に視線を向ける。
「それに、お前も好きになったの男だったしな」
「え?お前もって…」
「ちょっと前に、男に惚れたって言ってたから」
なんでそれ今言うんだよ、と頭を抱えた彼に一也は目を瞬かせてこちらを見た。
「えっと…?」
「一也と出会った頃に、こいつがそういう話してきたことあって」
「しょうがねぇだろ、偏見なしにまともに話聞いてくれそうなやつお前しかいなかったんだから」
項垂れる姿を見て一也が目を瞬かせる。
「マジっすか…?」
「だったらなんだよ。うわー…普通そういうの隠しとくんじゃねェの?」
「俺らのこと知ってんだし、イーブンだろ。」
顔を隠し耳まで真っ赤にする友人に俺はつい笑みが溢れる。
「なまえさん笑うとこじゃないっす」
「こいつがここまで照れてんの珍しいから」
「マジで黙れよ、なまえ。あーもう、俺もう戻るからな!!」
凄い勢いで教室を飛び出していった彼に一也は目を瞬かせてから笑った。
「成宮先輩の好きな人ってどんな人なんすかね」
「あんま詳しくは詮索してない。けど、アイツに良く似た奴だよ」
「え?」
食べ終わったお弁当を閉じて、頬杖をつきご飯を食べる彼を見つめる。
「え、と…どうかしましたか?」
「うん?綺麗な顔してるなーって」
「ちょ、なんで急に…」
なんとなくね、と頬を緩めれば恥ずかしそうに彼は視線を逸らした。
「あんま見ないでください」
「照れてる。かーわいい」
「うわー、あんま褒めないくださいって!!恥ずかしいんで!!」
凉夏とずっと喋ってて嫉妬した、とか言ったらどんな顔するかな。
恥ずかしがって、顔真っ赤にするのかなー…
見てみたいけど、また今度にしようかな。
「ご飯、食べ終わったらキスしていい?」
「え?え…!?」
「冗談だよ」
今日は意地悪ですねと一也は困った顔をした。
「一也の色んな表情見たかっただけ」
「…ズルいです、その笑顔は」
「いつも通りじゃない?」
じゃないです、と言ってゴミを袋に入れた。
「けど、そういう表情も…好き、です」
「可愛いこと、言わないで」
一也の頭を撫でて、そっと額にキスをする。
「冗談だったんじゃないんですか?」
「したくなっちゃったから」
「…やっぱり、ズルいっす…」
頬を染め、視線を逸らした彼に俺は頬を緩めるのだった。
▽
「あー…あんなこと、言わなきゃ良かった…」
あの時は自分の身に起こったことが理解できなくて、つい彼に言ってしまったのだ。
どうせまともに聞かねェだろうと思ってたけど、彼は彼なりに真面目に話を聞いてくれて助かったのを憶えている。
そして、俺が片思いを始めた頃に出会った御幸くんと恋に落ちて俺より先に結ばれた。
あのなまえは人を好きになって恋人を作ったのだからそろそろ俺も踏み出さなければいけないのかもしれない。
「いやー…キツいなぁ…」
なまえ、なんであんなすんなり告白出来たんだろうか。
つーか、どっちが告白したんだ?
携帯の通話アプリのお知らせのアイコンをクリックすればその片思いの相手からのメッセージが届いていた。
来月の部活のオフが決まったんですけど重なる日、ありますか。
相変わらず控えめなメッセージを見ながら、送られてきたオフの日時を自分の部活のオフと照らし合わせる。
14日はこっちもオフだよ、とメッセージを送れば折角なのでどこか出かけませんかと嬉しい誘いを貰った。
まぁこっちの好きであの2人をくっつけたけど多少は感謝してくれてるみたいだったし。
相談の1つや2つ聞いてくれるだろう。
なまえが俺に向ける言葉には建前も嘘もない。
だから、アイツに言われるとやってみるかと思える。
いいよ、と返事を返しどこか出かけられる場所があっただろうかと首を傾げた。
▽
「カルロー、誰とライン?」
「内緒。つーか、あれ?白河は?」
「彼氏のとこ」
部活のミーティング終わったら速攻かよ…
「相変わらず、ラブラブだね。あの2人」
「幸せそうで、何よりだよ。つーか、お前はいいのか?」
「何が?」
例の絵描きの恋人のとこ行かなくてと言えば彼は目を瞬かせてから笑った。
「部活の後に会う約束してるからいいの」
「あっそ」
「恋人いないのカルロだけじゃん。どーする?女の子紹介しようか?」
いらねぇよ、と答えて携帯をポケットにしまった。
俺に好きな相手がいると知ったらこいつはどんな顔をするだろうか。
しかもその相手が、彼の喧嘩別れをしたままの従兄だと知ったら。
考えてみて、面倒なことになることは明らかだったので首を横に振りその想像をかき消す。
「さっさと教室戻ろうぜ」
恋人の元へ行った白河には話した。
白河から恋人のアイツにも伝わってるだろう。
まぁけど白河がアイツと付き合っていたから、自分の抱いた感情を素直に受け入れられた。
まぁけど、俺も白河も男に惚れるとはな…
「世の中、何があるかわかんねぇよな…」
「どうしたのさ、急に」
「なんでもない」
鳴の恋人だって、恐らく男だ。
彼女じゃなく恋人、というから。
まぁ、触れてやらないほうがいいんだろう。
自分も触れられたら少し困る部分ではあるし。
「会いたくなったからやっぱり、会ってくる!!」
そう言って駆け出す鳴を見送り、溜め息をついた。
「すぐ会える距離にいるのが羨ましいぜ、ほんと」
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