01
目の前で凄い勢いでこけた男の子。うつ伏せのまま身動きひとつ取らない男の子に私は内心ため息をつく。
子供は苦手だ。
けど、このまま放っておけるほど冷酷にもなれそうにもなくて、その子の前にしゃがむ。
「大丈夫?」
「へ、き…」
男の子は涙を目に浮かべて顔を上げる。
男の子の前に手を差し出せば小さな手が私の手を握って立ち上がった。
「怪我は?」
「ひざ…擦りむいちゃった」
「あー、血でてる。洗わないとかな」
周りを見渡せば運良く公園があった。
「公園の水道で足、洗おうか」
「うん」
自分で歩こうとする男の子を抱き抱えれば、目を丸くして私を見た男の子。
「痛いんでしょ?無理しない」
「あ、りがと…」
「どういたしまして」
水道で傷口を洗って、椅子に座らせ前にしゃがむ。
「絆創膏、貼るね」
「うん」
可愛らしくもない普通の茶色の絆創膏を貼ってやれば男の子はニコニコと人のいい笑顔を私に向けた。
「ありがとっお姉ちゃん!!」
「どういたしまして。親御さんは近くにいる?」
「パパが家にいるよ」
家…か。
流石に怪我した男の子をここに放っておく訳にはいかないし。
別に急ぎの用があるわけでもない。
「家まで送ってあげる」
「ホント!?」
「うん。家の場所、言える?」
男の子はコクッと頷いてベンチから下りる。
「こっちだよ」
繋がれた手は酷く温かくて、なんでこんなことしてるんだと思った。
それでも、手を振りほどくことは出来なくて。
「お姉ちゃん、お名前は?」
「私?みょうじなまえ」
「なまえ姉ちゃん!!僕、光。真田光!!」
最近の子供は自己紹介出来るんだと思いながら光くんに微笑む。
「よろしくね」
「うん、よろしくね!!」
光くんに連れられて着いたのは大きな家。
「パパーっ!!」
玄関を開けて中に入っていった光くんは大きな声でお父さんを呼んで私の方を見た。
「光?遊びに行ったんじゃなかったのか?て、誰…その女の人…」
「光が転けたとき助けてくれたなまえ姉ちゃん!!」
光くんのお父さんは目を丸くして私を見る。
「あ、そうだったんスか!?突然女の人連れてくるからびっくりしちゃって」
「すみません。ただ、家まで送るだけのつもりだったんですが玄関まで」
「いやいや、光を助けてもらってありがとうございます」
光くんによく似た、いや光くんが似てるのか。
親子よく似た笑顔を私に向けた光くんのお父さん。
「えっとなまえさん?よかったら上がっていってください。何かお礼を」
「あぁ、大丈夫ですよ。お気遣いなく」
「え、なまえ姉ちゃん帰っちゃうの?」
洋服の裾を掴んでこちらを見上げる光くんに動きを止める。
「あー…帰ろうかなぁなんて」
「僕、もう少し一緒いたい!」
「え?あー…」
視線を光くんのお父さんに向ければ困った顔をして「すみません」と呟くから私は内心ため息をつく。
「少しだけなら」
「ホントに!?やったー」
「本当にすみません。どうぞ、上がって」
「お邪魔します」
光くんに手を引かれながら中に入れば、沢山のボールやバッドが飾ってあった。
「野球?」
「パパね、野球上手いんだよ!!」
「へぇ…」
ソファに座って、出してもらった紅茶を一口飲み込む。
隣では光くんがニコニコしながら座っていて。
「あぁ、そうだ。自己紹介してなかったですね。光の父親の真田俊平です」
「#3NAME1##なまえです」
「みょうじさんか、よろしく。折角だしゆっくりしていって」
そう言って真田さんは笑って、光くんの頭を撫でた。
「お昼、もう食べました?」
「いえ、食べてないです」
「じゃあ食べていっていいっスよ」
大丈夫ですと答える前にキッチンに消えていく後ろ姿。
どうすることもできずにその背中を見送って、隣に座る光くんを見る。
「お姉ちゃん、こっち来て!!」
「なに?」
腕を引いて歩いていく光くんを追いかければ、見せてくれたのは小さなグローブ。
「これね、僕のグローブなんだ!!」
「光くんも野球やるの?」
「うん!!パパに教えてもらってるんだよ。野球チームにも入るんだっ」
大切そうにグローブを抱き締める光くんの頭をポンポンと撫でれば不思議そうにこちらを見上げた。
「頑張ってね」
「うん!!」
光くんの野球の話を聞いていれば、真田さんが私達を呼ぶ。
「できたよ」
「わーっオムライスっ!!なまえ姉ちゃん、パパのオムライス美味しいんだよ」
「そうなの?楽しみだね」
光くんは椅子に飛び乗って嬉しそうに笑いながらオムライスを食べ始める。それを酷く優しい瞳で見つめている真田さん。
なんか、家族だなぁと当たり前なことを考えながらいただきます、と呟く。
「あ、美味しい」
「ホントっスか?よかった」
昼食をご馳走になって少しして、私は帰ることにして。
光くんは疲れたのかすやすやと気持ちよさげに眠っていた。
「長々とお邪魔してすみません」
「こちらこそ光が無理言ってすみません…」
「お気になさらず。それじゃあ、失礼します」
携帯に増えた真田俊平という名前を見てため息をつく。
「なんでこうなった」
らしくないことをした。
けど、まぁ…ちょっとだけ楽しかったのも事実で。
携帯をしまってカツンとヒールを鳴らす。
「手、温かかったな」
温もりの残る左手を見つめて小さく溜息をついて帰路についた。
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