01
幼馴染みなんて、所詮肩書きだった。
私の1つ年下の幼馴染みの彼とは中2の冬から顔すら合わせていないと、私は記憶している。

昔からヤンチャな奴ではあったけど。
彼は中学で所詮不良と呼ばれるような存在になった。
周りから疎まれる彼に、私は普通に接していたけれど彼はそれさえも気に入らなかったんだろう。

中2の冬。
あの雪が降りだした夜。
私と彼の関係は幼馴染みなんて、肩書きをぶら下げた他人へと成り変わったのだった。

それ以来隣の家に住んでいながらも顔を合わせることはなく。
私は中学を卒業した。

私は都内の私立高校へ入学を決め、一人暮らしをすることになった。
一人暮らしを始めて1年。
春が迫り、暖かくなってきた昼下がり。
久々に帰省して偶然会った彼の母親は優しく笑って。

息子も東京の私立の高校へと進学したのだ、と私に告げた。
彼は本気で野球をやることを決めたらしい。

そんなことは私には関係ないし、興味もなくてそうなんですかと愛想笑いを浮かべたことを覚えている。

そんな春が迫り、暖かくなってきた昼下がりからもう何ヵ月も過ぎた。
私は高2になって、一人暮らしにも慣れて、バイトに勤しんでいる。
幼馴染みの彼と会ったのは相変わらずあの中2の冬が最後。
私と彼が再び顔を合わせることはきっとないだろうと…そう思った。





「みょうじ」
「なに?」

鞄に教科書を詰めていた手を止めて、前の席の小湊に視線を向ける。

「またバイト?」
「うん。他にすることない」

彼とは去年も同じクラスで、席が近いことが多かった。
だから他の男子よりは親しい。

「みょうじって来たことないよね?」
「なにが」

鞄のチャックを閉じて首を傾げた。

「野球部の応援。来たことないでしょ?」
「あぁ…あんまり、興味ないし。バイト忙しいから」
「バイトオフのとき来なよ。スゴイから」

そういって笑った小湊から視線をそらす。

「…どうでもいいよ」
「面白い後輩が2人くらい入ってね」

どこか嬉しそうな声の小湊。
少しだけ、珍しいななんて思っていれば聞こえてきた声。

「亮介」

放課後の教室に彼を呼びに来たのはやっぱり彼と同じ野球部の人達。

「みょうじか。相変わらず仲が良いな」
「そう?結城達の友情には到底敵わないよ」

鞄を肩にかけて時計に視線を向ける。

「ごめん、時間だから」
「引き留めてごめんね」
「別に平気。また明日。頑張ってね」

一方的に彼らにそう告げて、教室を出る。

この学校も野球部は強いらしい。
彼の行く学校も野球部が強いと彼の母親は嬉々としながら私に話していた。

野球は別に嫌いじゃない。
暇があればプロ野球中継を見ることもあるし。
それでも高校野球だけは見ようと思えなかった。

下駄箱に向かう足を早めて、角を曲がったときにドンッと誰かとぶつかって。
廊下に散らばった紙。

「あ、すいません!!」

頭を下げて、それを拾い始めたのは多分1年の男の子。
私もしゃがんでそれを拾い集めて、最後の1枚を拾おうとして手を止めた。

「あ、の…?」

困ったように男の子が眉を寄せたのが見えて、拾い集めた数枚の紙を彼に渡す。
最後の1枚を拾ってそれに視線を落とす。

「…本当に強いんだね」

その紙に書かれたスコア表を見てそう呟けば彼は目を丸くして私を見た。

「スコア読めるんですか?」
「え?あぁ…少しだけ。君、野球部?」
「え、あ…はい」

最後の1枚を彼に渡して立ち上がる。

「ぶつかってごめんね。じゃあ」
「あ、あの!!」

彼は私の腕を掴んでじっとこちらを見つめた。

「どうしかした?」
「あ、いや…どっかで見たことあるなって…」
「私は貴方を見るのはこれが初めてだと思うけど」

彼は首を傾げながらと手を離して。

「突然掴んじゃってすみません」
「別に平気。じゃあ」
「あ、はい」

腕時計に視線を落として、足早に学校を出れば暖かな風が吹いて長い髪を揺らす。

うなじを指先で撫でて小さく息を吐き出して。
暖かな風のなか吐き出した息は白く見えた。
記憶の中のあの雪の降る夜と同じで。

「雪が…降りだした」

見上げた空にあの日と同じ雪が降っていた。
×

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