01
アイツを初めて見たのは樹の教室に雅さんからの伝言を伝えに行ったときだった。ピアスがいくつもついた耳と少し長めな黒髪。
真っ黒で切れ長な目は一瞬だけ俺を映してすぐに樹に視線を向ける。
「知り合い?」
「部活の先輩」
「そ。じゃ、話はここまで」
ソイツは樹に背中を向けて窓際の席に腰掛ける。
「また途中で逃げられた…」
「友達?」
「幼馴染みです」
幼馴染み…
アイツに視線を向けて首を傾げる。
「樹にはなんか、合わない雰囲気」
「え?あぁ…まぁ見た目はそうですね。けど、いい奴ですよ」
「ふぅん。あ、今日の部活のときさ…」
気にも留めていなかった、この時は。
ただ、チャラいなーって思って。
バスケとか似合いそうって思ったくらいだった。
▽
美術の時間。
美術室の端の方に描きかけの絵があった。
俺はその絵から目が離せなくなった。
なんでかなんて、わからないけど。
絵になんて全くもって興味なんてなかったのに。
俺はどうしてもそれを描いてる人を見たくなった。
だから、部活の休憩中この美術室の前まで来ていて。
「いるかなー…」
小窓から中を覗き混めば1人、人がいるようだった。
ツナギの上半身の部分を腰に巻いて黒いTシャツを着たその人。
「…男?」
女の子かなって思ってたから少しびっくりした。
その人は例の絵に向かっていて、筆が微かに動いているのが見える。
もっとちゃんと見たい、と踏み出した一歩がドアに当たって。
「うわっ!?」
バランスを崩して後ろに尻餅をつく。
「痛っ」
夢中になりすぎてドアがあるの忘れてた。
立ち上がろうとすれば目の前のドアが開く。
ツナギの足元が見えて、視線を上に向けて俺は目を瞬かせる。
「え…」
「なにしてんの、アンタ」
見覚えがある顔だった。
樹の幼馴染みのチャラい奴。
俺はソイツと教室を交互に見る。
「あの絵…お前が描いたの?」
「あの絵がどの絵か知らないけど、多分そう。この学校に美術部はないから」
ソイツは少し間を置いてからこちらに手を差し出す。
「いつまでも見下ろしてるのは気分が良くないんだけど…」
「自分で立てるから平気」
その手を無視して立ち上がれば特に気にした様子もなく手を下ろして俺に背を向けて教室に入っていく。
「ねぇ、少し…見ててもいい?」
ソイツは足を止めて勝手にすればと言ってすぐに絵の前に戻ってしまった。
斜め後ろ辺りの椅子に座って絵を描く姿を眺める。
切れ長な目が真剣に絵に向かっていて。
細い指に持った絵筆が細かく色をつけていく。
「お前…絵描くの好きなの?」
「好きだからやってるけど」
「美術部ないから1人で?」
絵描くのに他人は関係ないからと言って絵筆を置いた。
「似合わないって思ってるんだろ?」
「え?まぁ…確かに似合わない。ピアスしてチャラいし、どっからどう見ても運動部系男子」
「…だろうね」
ソイツの言葉を無視してけど、と言葉を続ける。
「けど、俺は好きだよ。その絵」
だから、ここまで見に来た。
ソイツはなにも言わなかったけど口元が微かに弧を描いていた。
「お前、名前は?」
「人に聞くときは自分からって常識じゃない?」
「うわ、なにそれうざっ。…まぁいいけど。成宮鳴。2年エース!!」
ソイツは視線をこちらに向けずに口を開く。
「1年。みょうじなまえ」
「ヨロシク。ね、また見に来てもいい?」
見てても楽しくないと思うけどとみょうじは言った。
けど、来るなとは言われなかった。
「いるもここにいるの?」
「朝昼放課後は確実に」
「朝と放課後は部活だからなぁ…昼、来るね」
みょうじは何も言わずに視線を時計に向ける。
「…今放課後だけど。アンタ、部活は?」
みょうじの言葉に時計を見てげっと声を上げる。
「やばっ!!また来るからねっ!!」
急がないと、と駆け足で美術室を出れば、みょうじはまた絵筆を持ち直していた。
「意外だったなー…」
階段をタンタンと降りながらそう呟いて。
樹に詳しく聞いてみようとグラウンドに入りながら樹の名前を呼んだ。
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