02
みょうじなまえについて。
樹に話を聞けばそちらの業界では有名らしい。
中学時代から大賞や金賞を取り続け、数十年に一人の天才と囃し立てられるくらいらしい。
将来有望だと言われながらも画家になるつもりは殆どなく。
絵は趣味の範疇だそうだ。
風景画も人並み外れて上手いが人物画の方が上手いと樹はテンション高めに語っていた。


「それ、いつ完成すんの?」

ウィダーを飲みながら絵を描いているみょうじにそう問いかければ絵筆を止めて首を傾げる。

「特に考えてないけど」
「は?」
「別に何か描きたいものがあったり、題材がある訳じゃないから。ただ、気が向くままに描いたらこんなのだっただけで」

筆が進まなくなったり、他に描きたくなったらこの絵は完成すると言った。

「タイトルとかは?」
「付けたことない。いつもは樹が付けてくれるから」
「ふぅん」

空になったのかウィダーを机の上に放り投げてこちらを見る。

「楽しい?見てて」
「うん」
「変わってんね、アンタ」

変なものを見るような目を俺に向けるみょうじに眉を寄せる。

「しつれーだっ!!」
「それはそれはすみませんでした」
「悪いと思ってないだろ」

あぁ、と彼は悪びれもなく頷いた。

「あーもうっ生意気だねっ!!みょうじって」
「よく言われる。教師にも先輩にも。こんな格好してるし」
「…直そうとか思わないわけ?」

なんで?とみょうじは心底不思議そうに首を傾げる。

「なんでって…」
「俺は俺だから。他人がなんと言おうと関係ない。他人の評価を気にして生きるなんて俺は嫌」

変な奴、と呟けばよく言われると答えた。

「アンタだって、きっと俺と変わらないよ」
「なんで?」
「2年生でエースなんてあり得ないって声は少なからずあったハズだし。それでもエース番号を背負うってことは他人の評価をはね除けたってことだろ」

他人がなんと言おうとアンタはその番号は譲らないだろってみょうじは言って目を細める。
少しだけ笑ったような、そんな気がした。

「他人の評価なんて上書きしてやればいい。だから、俺は俺を変える気はない」
「やっぱり生意気」
「それくらいで丁度いいだろ?上書き出来るほどの能力があったんだから」

嫌なら俺に関わらなきゃいいって言って、また絵筆を持った。

「…樹がさー。人物画の方が上手いって言ってた」
「あー、どうだろう」
「すぐ描けんの?」

描こうと思えばと言って、筆を持ったまま視線をこちらに向けた。

「描いてほしいわけ?」
「…ちょっと気になるだけっ!!」
「いいよ、別に。今は道具ないから明日とかでいい?」

え、いいの!?って言えばそんな手間じゃないからと視線をキャンパスに向けた。

「昼休みだけで描けんの?」
「まぁ、多分」
「じゃあ、明日描いて」

わかった、とみょうじは答えた。

「今までに描いたのとか持ってんの?」
「人物画?欲しいって人にはあげてるけどいくつかはあるんじゃない?」
「見たい」

個人情報だろってみょうじは言ったけどまぁいっか、と言って。

「スゲェテキトーだね」
「それもよく言われる」

俺が言葉を続けようとしたら遠くで予鈴が聞こえた。

「もうそんな時間?」
「みたいだね。結構喋ってたんだねー」
「アンタが勝手に来ただけでしょ」

ツナギの下には制服を着ていたようで脱いだツナギを畳んで棚に仕舞う。

「来るなって言わなかったじゃん」
「まぁね。本当に来るとは思ってなかったし」
「なんだよ、迷惑?」

俺の言葉にみょうじはこちらを見て笑った。

「迷惑だったら明日の約束なんてしてないだろ」
「…あっそ」

畳んであった制服の上着を着て、授業遅れるよと言った。

「わかってるし。明日また来るからっ」
「はいはい。お好きにどーぞ」

みょうじはひらひらと手を振った。
俺はそれを見てから少し駆け足で教室に急ぐ。
2年の教室の方が遠いから急がないと遅刻する。

パタパタと走りながら少しだけ明日が楽しみだった。





「まさか本当に来るとはな」

ポケットに両手を突っ込んで歩きながら欠伸を噛み殺す。

「まぁ…嫌いじゃないけど」

さっさと教室に戻らないと樹に怒られそうだなと思いながら教室に向かった。

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