01
仕事を終えて家に帰ればドアの前に人影があった。最初は酔っぱらいかなにかかと思っていたけど近づいてみて、わかった。
「…小湊」
高校時代の友人だ。
多分、男子の中では一番仲が良かったと思う。
そんな彼が…何故ここに居る。
蹲って眠っている彼の肩を揺らせばピンク色の髪が揺れて顔を上げた。
「遅いんだけど、みょうじ」
「……勝手に来てなに言ってるの?」
「連絡しようとしたら番号変わってた」
不機嫌そうな彼に社会人になってすぐに携帯を壊したことを告げれば馬鹿じゃないの、と返された。
彼は相変わらずなようだ。
「で、何の用?」
「泊めて」
「まだ終電あるじゃん」
そうじゃなくて、と小湊が言う。
「色々事情があるんだよね。まぁ、説明するから入れて」
「遠慮がないね、ホント」
鍵を開けて中に入れば小湊も後ろをついてくる。
「真っ直ぐ行けばリビングだから先に言って。着替えてから行くから」
「飲み物とって良い?」
「冷蔵庫の中のもの好きに出して。コップは食器棚の奴適当にどうぞ」
自室に入ってスーツを脱ぐ。
ラフな部屋着に着替えてリビングに行けば小湊はソファに座ってビールを飲んでいた。
「…ビール飲む?普通」
「好きに出してって言ったじゃん」
「まぁ、確かに」
冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターを出してのどを潤す。
「で?どういうこと」
人が1人入れるくらいの距離を開けてソファに腰かける。
テレビをつければ丁度野球がやっていた。
画面に映るのは見覚えのある友人。
「今日、哲試合だったんだ」
「相変わらずぶっ放してるね」
「うん」
小湊は缶ビールをテーブルに置いた。
「それはどうでもよくてさ」
「あぁ、うん」
「少しの間、泊めてくれない?」
小湊の目を見る限り、冗談ではないらしい。
「なんで?」
「一人暮らししてたんだけどね。隣の火事に巻き込まれて住めるような状態じゃなくてさ。会社は東京だから実家に戻るわけにもいかないしね」
近くに住んでる人、探してたんだよと彼は言う。
「昔の友達、沢山いるでしょ」
「ほとんどがプロの道に進んでるし」
「春市君は?」
アイツは同居人がいる、と言って。
へぇ、彼にも彼女出来たんだ…
「で、何人かあたってみたけどダメでね」
「何で私がここに住んでるって知ってるの?」
「藤原に聞いたよ」
あぁ、貴子か…
今も年賀状でのやり取りがあるから家知ってたのかな…
「てかさ、私に彼氏いたらどうするの?」
「いるの?」
「いないけどね」
画面の中の結城がホームランを打って、実況が騒がしくなる。
「…ダメなら他を当たるけど」
「他にいるの?可能性がある人」
「いない。まぁ、ネカフェでも生活はできるし」
それなら実家から時間かけて通勤した方がマシじゃない?
ペットボトルをテーブルに置いて溜息をつく。
「いいよ、別に。部屋は空いてるし」
「…本当に?」
「食事は出ないけどね」
ソファから立ち上がって体を伸ばす。
「合鍵、どこにしまったかなー…」
「お金は払うから」
「いいよ、別に」
彼の方を振り返ってそう言えば不服そうに眉を寄せた。
「払う」
「…わかったよ」
▽
テーブルの缶ビールの横に置かれた何のストラップのついていない鍵。
「部屋はここでて右。左は私の部屋」
「家具、運んでいいの?」
「どうぞ。ただの空き部屋だから」
お風呂入るなら何か着替え貸すけど、という彼女に首を横に振る。
「いくつか持ってきてるから平気」
「そう。お風呂はそこね」
「お前はいつ入るの?」
小湊の後でいいよ、と言って彼女は冷蔵庫を開ける。
「私、朝早いし夜も遅いから。好きに使って」
「仕事?」
「うん。帰って来ないことも度々あるから」
ウィダーを飲みながら彼女は眠たげに目を擦る。
「…お前、先に風呂入れば?俺は明日休みだし」
「あぁ、そう?ありがと」
彼女はリビングを出ていく。
テーブルの上の鍵を摘まんで、首を傾げる。
「…男をホイホイ家に上げていいのかよ」
俺だから何もしない、とか思ってんのかな…
アイツ、馬鹿だし。
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