02
「もう行くの?」玄関で靴を履いていた彼女に後ろから声をかける。
振り返った彼女は小湊か、と少しだけ驚いた顔をした。
俺がいること忘れてただろこいつ…
リビングのソファで寝てたのに、気づかなかったのか?
「うん。今日会議だから」
「ふぅん。あ、今日荷物運ぶから」
「わかった。好きにやってていいよ」
そうさせてもらうよ、と言えば彼女は立ち上がる。
高いところで結われた髪が揺れた。
「朝ご飯は?」
「コンビニで買う」
「そう。いってらっしゃい」
いってくる、と彼女は家から出ていく。
「俺もなんか朝ご飯食べよ」
冷蔵庫を開けて、俺は眉を寄せる。
昨日も思ったけどものなさすぎない?
冷蔵庫中にはミネラルウォーターとウィダーがいくつか。
お酒類もあるけど食べ物らしい食べ物はない。
「てか、野菜室とか冷凍庫がない冷蔵庫の時点でおかしいか…」
パタンと冷蔵庫を閉じてキッチンに視線を向ける。
物はちゃんと揃ってるけど使った形跡はないし。
ポケットの財布を突っ込んで家から出る。
昨日貰った合鍵でドアを閉めてエレベーターに乗った。
コンビニで朝食を買って、彼女の家に向かっていれば携帯が鳴った。
「もしもし?」
『あ、兄貴?家、大丈夫そう?見つからないなら』
「あぁ、平気。泊めてくれる奴いたから」
本当に?と言った春市に嘘なんかつかないよと言えばそっか、と安心したような声が聞こえた。
『大学の頃の人?』
「いや、高校の時の奴。春市も会ったことあるよ」
『俺も?』
うん、と頷いて彼女の名前を言えば彼が固まった。
『……え?』
「だから、みょうじなまえ」
『え、みょうじ先輩って女じゃ…』
女だけど、と言えば電話の向こうで彼が慌てだす。
「女だけど、アイツがいいって言ったからいいんだよ。じゃあな」
『ちょ、兄貴!!?』
電話を切って、ポケットに入れる。
「さっさと荷物運ぼ」
▽
重い体を引きずって家に帰れば部屋には電気がついていた。
「あれ…なんで電気…が」
「おかえり」
「…あぁ、そっか」
リビングから顔を出した小湊に1人納得して靴を脱ぐ。
「ただいま」
「荷物運ばせて貰ったよ」
「ん、了解」
小湊はすぐにリビングに戻って私も自室に入る。
服を着替えてキッチンに向かってあれ、と首を傾げる。
「あぁ、勝手に冷蔵庫変えたよ」
「私のは?」
「物置にあるよ」
まぁ捨ててないならいいや…
冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを片手にソファに腰かける。
「夕飯食べた?」
「食べてないけど」
小湊はそっか、と言ってキッチンに入っていく。
「お前、嫌いなものとかあったっけ?」
「トマト」
「今回は入ってないよ」
はい、と言って私の前に置かれたお皿に首を傾げる。
「時間がなかったから簡単なものだけど。食べたら?」
「ロコモコ丼…」
「食べれない?」
首を横に振れば満足気に笑った。
「泊めてもらうお返し」
「…ありがと」
一口食べておいしい?と尋ねてきた彼に頷く。
「美味しい。…ご飯食べたのいつ振りだろ…」
「仕事忙しいの?」
「まぁ、うん。不規則な仕事だしね」
なんの仕事?と尋ねられて漫画の編集と言えば彼は首を傾げた。
「お前、漫画好きだっけ?」
「元々、小説の方にいたんだけどね。その漫画雑誌の編集長からの引き抜きでね。知らないことを知れていい勉強になるよ」
「へぇ」
小湊は?と尋ねれば普通にサラリーマンと彼は答えた。
「社会人野球のあるところ」
「まだ野球してるんだ」
「まぁ、子供の時からしてるから。今更野球のない生活は考えられないよ」
そういうものか、と思いながらもぐもぐと口を動かして。
私は昔から何かに熱中したことないし、よくわからないな。
「明日から俺も仕事だから。帰って来るのはお前より早いけど」
視線を時計に向けて12時を少し過ぎた針。
「昨日今日は早い方。明日からまた忙しくなるよ。締切近いから」
「そっか」
「うん」
夕飯、適当に準備しておくよと彼は言って彼は隣の腰かけた。
「ありがと」
「こちらこそ」
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